2017年08月09日

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三途川


私の友人が「三途の川を何度も見に行った」という話を聞いた。
突然の脳内出血で救急搬送され、2ヶ月もの間意識不明であった。
その間に見たという話である。

家族には再出血もして生還の可能性は1%以下だと告げられ覚悟したようだが、結果生還し日常生活が可能なほどに復活した。

意識不明の間に見たという光景は、自分が電車に乗っていて他にも大勢の知らない人が乗っていた。

そして三途の川と思われるそれほど大きくない川の前で停まると、他の乗客はどんどん下車していくのに自分だけは降りることができず、そのまま帰って行った。

こんな光景を何度も何度も見て、とてもリアリティのある現実感としてはっきり覚えているという。

以前霊能者から聞いた話で、三途の川へ向かうのに電車に乗っている場合は、この世の修行は終わりなので輪廻の輪からは外れて、もう生まれ変わることは無いとか。

この世の「修行?」とまずはここで疑問その1。

次に「電車?」疑問その2。

電車が誕生したのは1853年幕末(wiki参照)だとすると日本ではまだ160年位しか歴史が無い。それなのに修行が終わりの人は電車で三途の川へ??

ではそれ以前、江戸幕府の頃までの人は修行が終わらなかったとでも言うのだろうか。

とまあ、このブログでも疑問として考え続けている「修行説」は置いておいて、次に進んでみよう。

これも別の霊能者からの言葉で、人は役割があるうちは死ぬことが出来ないという。それはその霊能者が何度も自殺を試みるが全て失敗し、なぜか生きながらえて、その霊能力を人の役に立てろとお告げをもらったという話だ。

全ての人に何らかの役割があるという事なのだろうか?

それとも一部の人にだけ何らかの役割があり、役割のない人は些細なアクシデントでもあっさり死んでしまうという事なのだろうか。

死線をさまよった私の友人は、まだ何らかの役割があり、肉体が故障したので修理している間だけ魂が電車に乗っていただけ?とか発想を飛ばしてみた。

人間的な思考では???となるような事でも、もしかしたら役割的な事があるのかもしれないと考えてみると、何か重要な役割を持つ人を瞬間サポートする役割とかもあるかもしれないのかな?

そしてその瞬間のためにその人にも家族がいて生活があり、その瞬間のためだけにその生涯があるとかの可能性も考えられる。

と、理由を繋げていけば何となく話は展開していくのだが、そんなに些細なことまで予定されているという発想をすると、これもこのブログで疑問視している「未来は全て決まっているのか?」という部分に関わってくる。

体が故障している間、魂は電車の中で待機しているという発想で考えてみると、全てのことが決まっているという訳でもなさそうで、役割的な事、その瞬間だけは予定があるが、その前後のプロセスはカッチリ決まっている訳でも無いとも考えられる。

それぞれの人々の体験の中で、何かが奇跡的な繋がりで展開していき、上手くいった事や悲惨な結果になった事などの経験があるのではないだろうか。

何のためにそんな展開が用意されているのか、どうして映画のように刺激的な出来事が展開されていくのか?

そんな事を感じる「意志」とは何か?と堂々巡りが始まるが、もしかして「意志」はなぜ意志になったのか意志自身にも理由はわからないのかもしれない、と考えても面白いかもしれない。

そして実態という現実世界を作り出して、日々刺激的な事を作り出し楽しんでいる。

つまり大元かどうかは不明だが「意志」とは「暇」なのかもしれない。

私自身が感じた事なのだが、このブログにもリンクしている小説を素人なのだが書いてみたときの事だ。

登場人物のキャラを設定し、時代背景や状況を設定して書き始めたのだが、登場人物をその場所に置いてみると、勝手に動き出すのだ。

そして様々な表情を見せながら設定していない登場人物も次々と現れ、小説の世界がどんどん膨らんでいき、自分としてはその情景を文章に記録しているだけと言う感覚が出てきたのだ。

自分自身の深層心理に持つ感覚が小説の中の人物を動かすのか、よく分からないが、私の意志とはちょっと離れた何かが動いている感覚を覚えた事は確かである。

これがそのまま「神」とか「意志」とかと思っている何かに当てはまると言うのは少々乱暴かもしれないが、自分としては面白いと感じた。

未来が決まっている、決まっていないとかは置いておいて、何となく人には何らかの役割があり、それを果たすまでは死ぬことは出来ないのかもしれない。

とまとめようとしても、そのタイミングで死ぬことも役割かもしれないと言う考えが湧き上がり、結果まとめる事が出来なくなってしまった。

参ったな。。。


(08:40)

この記事へのコメント

1. Posted by 修正したコメント   2017年08月14日 14:18
こんにちは。7月10日にコメントを差し上げた者ですが、一部を修正したコメントを、もう一度だけ御批評を頂きたいのですが、(い鯑海根拠に´△鰺僂ぁ↓はい鯤箒)、どのように思われますか。

  悵篥岨DNAは誰が作ったのか』

 地球上の全ての生命に遺伝子DNAが組み込まれていますが、1mとか2mとかの長さがあり、4種の塩基配列は複雑精巧で、自己修復機能まで有します。

 こんなものが自然や偶然に出来るわけが有りません。作ったのは「遠い未来の人間」です。

◆ 慂質(原子)は誰が作ったのか』

 地球上の物質(原子)は百余り有りますが、陽子・中性子・電子の3者で構成され、それ以外の構成は存在しないし、規則性とか法則性に支配されています。

 中性子は中性子線を内包し、特定の物質(原子)もα線とかβ線などを放射して崩壊し、電子は電荷を内包しています。

 こんな複雑な物が自然や偶然で出来るわけが有りません。原子を作ったのは「遠い未来の人間」です。

 (uクォークとかdクォークとか中性子のβ崩壊で発生する陽子や電子ニュートリノなどの難しい話ではなく、単に『こんなもの(原子)が自然や偶然に出来上がるものか』ということを、お尋ねしております。)

 宇宙の始まりが無機であったとしても、進化の途上で有機(生命とか生活機能)が生まれ、さらに彼らが多様な進化を遂げたうえで、人間や様々なものが作り出された可能性は否定されるものでしょうか。

 (胎児の成長過程で一時的に見られる「尾っぽ」とか「指の水かき」は進化の記憶でしょうか。)

ぁ 愡笋燭舛録郵的に作られた肉体を使って、人工的に作られた「場」で生活をしていますが、実は、今の世界は実在しない虚構であり、実在する本当の自分は「DNAや原子を合成する科学を持った遠い未来」(真実の世界)にいます。』という発想は、(無限回の問答は抜きにして)、成り立つでしょうか。
2. Posted by どう思われますか   2017年08月14日 14:23
科学的根拠のないオカルトですが、どのように思われますか。
ご興味がなければ無視してくださいませ。

八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考へてよいのぢゃ。(白銀の巻 第一帖)

今の科学は科学のことは判るが、それより上のことは判らん。今の科学はあるものがあると云ふことだけしか判らんのぢゃ。(春の巻  第三十三帖)

物の文明、あしざまに申す宗教は亡びる。文明も神の働きから生れたものぢゃ。(黄金の巻  第九十七帖)

ここまで開けたのも神が致したのぢゃ、今の文明なくせんと申してあろうが、文明残してカスだけ無(のう)にいたすのぢゃ、取違ひ慢心致すなよ。(風の巻  第五帖)

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