2017年01月14日

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天国地獄

仏 界
菩薩界
縁覚
天 界
人間界
修羅界
畜生界
餓鬼界
地獄界

以前こうした階層の事を聞いた。
人間を行いに応じて階層分けした考え方である。
この考え方が良いとか悪いとかという事では無い。

更に面白いと感じた事が、この十の階層のそれぞれの中に更に十戒があるという話だ。

その時聞いた話では、例えばヤ〇ザの世界は下の方の階層なのだが、その中の十戒で「親分の為に!」という上の方の階層の心を持つ人もいる。
逆に仏界等にカテゴライズされる人の中でも、時には戒律等を重荷に感じてしまい、心の中で悪と感じるような事を考えてしまう事もあるという。

そして、霊界にいる魂は似たような階層の魂が集まる為、他の階層の世界を見る事が無い。だから平和だと感じてしまう。

そんなそれぞれの階層にいた魂が地上に降りてきたら、仏界から地獄界までのレベルの違う魂が同じ地上という階層に並ぶことになる。更に、一般的な魂の家庭にとても低い階層の魂が生まれてきて大騒動になったり、その逆も。

人間社会を見ていると、普通の一般家庭で育った人間が凶悪犯罪を犯したり、その逆もあったりする様子はこれを読んでいる方も、なんとなくそうだな、と感じるのではないだろうか。

どういった仕組みで魂が人間社会へ降りてくるのか分からない。
また、何のためにという部分もまだ謎である。

魂だけの世界にいれば似たような性質の魂だけで集まる為、争いも無ければ不快な事も無いであろう。

人間社会の視点で見た時、一般の普通の人間であると思う人間の視点から、詐欺集団等を見ると、心底不快であるが、詐欺集団の中にいる人間同士は似たもの同士で有る為、心地いいかどうか知らないが、そこがいいのであろう。

以前何かで読んだスピ系の話で、魂でいる状態では進歩がない、人間界へ修行に降りてくると修行が一気に進むという事が書かれていた。
上から下までレベルの違う人達とごちゃ混ぜで暮らしていれば、似た者同士では知る事も無かった事を見たリ経験したりできるから、修行という言葉が当てはまるのかもしれない。

現時点での自分の感覚的に、素敵な人、尊敬できる人、憧れる人といった自分より優れている?進歩している?どう表現すればいいのかその言葉は難しいが、そうした感覚を元に考えると、自分の心をそんな素敵な人のように尊敬できる人のように「なりたい」と思えるのであれば、それが向上心として「修行?」「目標?」といった目的が出現する事になるのか。

そう考えると、人間界へ降りてくるという事は魂の修行であるという考え方は、なるほど、と思えるかもしれない。

魂とか脳とかの性質といった分け方は置いておいて、「心」という概念で見てみると、「もっと」という欲求はどこから発生するのだろうか?
誰か?何か?神?なんだか知らないが、「心」という概念が出来た?作られた?それも知らないが、そうした性質はどう決まって行ったのだろう。

そしてその欲求が湧き上がるきっかけはどこにあるのだろう。

一般的に2分の1の確率のゲームを繰り返すと、例えば白黒どちらが出る?という場合、白白白白白・・・と驚くほど偏る場合もある。しかし、その波も膨大なゲームを行っていくと最終的には50:50という確率でほぼ均衡する。

魂のレベルを波動といった表現があるが、膨大な種類の高低様々な魂が時を経て交流すると、最終的には皆同じ地点で均衡するのではないだろうかと思ったりもする。
でも、新たに真っ新な魂が生まれては、途中リタイアする魂もありと新陳代謝を繰り返しているとすれば、均衡する事は無いであろう。

そう考えると、人間社会に悪者もいれば天使のような人が居続けて、決して平和な時代が訪れる事はあり得ないという事になるかもしれない。

そんな事を考えていると、「何のために」という目的の事を考える気力は消え失せていく。自分が今肉体に入り込んで、自分のレベルで思う事、やりたい事、その肉体の寿命が尽きるまで楽しめばいいという結論になるのでは?

視点の置き所によって気力が湧いて来たり、意気消沈したりする心の反応、まさに人生に正解は無いという事であろうか。





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(23:48)

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この記事へのコメント

1. Posted by 名無し2017   2017年01月15日 16:15
記事が格段に読みやすく進化してますね。短期間での適応はさすがです。先日はでしゃばりすぎ大変失礼しました。

仏教の十戒(十界)の概念について無知のため転生の謎への豊かな持論は持たないのですが、実存世界の10のカテゴリーではヤクザのような非合法活動は修羅界にカテゴライズされるのでしょうか。

自分の場合は、転生などについて考えて行き詰まることが増えチャネリング古典名著からヒントを得ることが増えました。仏典からそれを得ていないのは単なる個人的な嗜好によります。

日本のスピリチュアル界隈の市場が成熟しているので毎年、良書邦訳本が刊行されているなかでエリコロウ(日本人)、エベンアレグザンダーの著作で触れられているナタリーサドマン(イラク戦争に従軍)の臨死体験本の邦訳本を待ち望んでいるのですが。彼女の場合は地獄界から戻ってきたタイプですね。

スピリチュアルの疑問はやはり尽きないですね。奥が深いです。






2. Posted by 四季(管理人)   2017年01月16日 01:23
名無しさん コメントありがとうございます

全体の構成のイメージを再構築してから書いてみました。
読みやすく感じられたようで良かったです。

ヤクザ関連、修羅界あたりなのでしょうかね?多分。
転生に関しても、転生そのものに対する疑問もある為、転生という仕組みがあるとして、ということを前提としています。

戦争関連と臨死体験は種類が多数ありそうですね。
狂気の世界なのであろうと想像する事くらいしかできませんが。

臨死体験の話は本当に色々面白いですね。
多数のお話を見たり読んだりしているうちに自分自身でも体験してみたいという事を普通に思っている自分の価値観の変化も面白いです。

スピの世界の疑問を考え、探求している時は楽しいのですが、1週回ってしまって、なんとなくですが、もしかしてスピの世界とはこんなんかも、という所に到達した私は人生を楽しみづらいと感じています。

逆にまるで知らない方が、目の前の出来事に一喜一憂出来、純粋に人生の目標を立てたりして人生を楽しめるのではないだろうか、とも思ったりします。

知らない方が幸せに暮らせることもあるかも。。。w
3. Posted by 無人くん   2017年01月18日 13:15
こんにちは

ブログ中の十戒は十界のことですよね?
十界は、布教のための後付理論だと思っています。
階層構造はウソ臭いですけど、十戒に示されるような根源的な性質はあると思います。

私の解釈では、この宇宙そのもののベースは修羅界ですね。
つまり、「争い」の世界です
その中にその他の性質が個性を出していて、
人間界はそれぞれの性質が混在できるので特別視されていると考えます。

宇宙そのものが進化のための実験場だとすると、進化しなければ生きていけないわけで
進化の切っ掛けが「争い」なのでしょう
だからこの世界で「平和」は「争い」のための釣り餌にしかならないのだと思いますね

4. Posted by 四季(管理人)   2017年01月18日 14:57
無人くん コメントありがとうございます

>十界は、布教のための後付理論だと思っています。
そうですね、同感です。物事体形的論理的に組み立てると、それっぽくなるのでこうした表現になっているのでしょうね。

印象的に言いたい事は分かる、といった感じなので説明通りではないでしょうが考え方が面白かったので記事にしてみました。

>「平和」は「争い」のための釣り餌
人間界の現象を表現するとしたら適切な感じがします。
面白いですね。

5. Posted by 万年素人   2017年01月19日 09:03
同じく正解はないと思いますよ〜
やりたいようにやればいい、が正解かもしれません 笑
十界とありますが、当時の表現では
これでよいのかもしれませんね〜
ですのである意味、真実だと思います。
6. Posted by 万年素人   2017年01月19日 09:07
無人君へ

>その中にその他の性質が個性を出していて、
>人間界はそれぞれの性質が混在できるので
>特別視されていると考えます。

そうですね。同じく特殊な場所だと思います。
私がチャネリングで得た情報では
ターミナルという表現がされていました。
別の性質を取り入れ、別の世界へ移動するための
ターミナルですね〜
そう、世界を移動する際の中継ポイントです

7. Posted by 四季(管理人)   2017年01月20日 09:18
万年さん コメントありがとうございます

陰陽合わせて構成された世界なので、どちらも何も本当に好きなように心の赴くままですね。
そこに深い意味など無いと思います。

と考えていましたが、先日不思議なことがありまして、この意味をちょっと真剣に考えています。もう少し解明できたら記事にできるかな?と考えています。

まだまだ知らないことが多すぎる世界だと実感しているところです。

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