2016年05月31日

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kamisama


何か悪い事と思われる事態が発生すると。。。

「神の祟りじゃぁ〜」

霊能者も「○○神が怒ってる」

こんな話は結構多い

そして、祠があってそこに悪霊がいて・・・とか、何かしら悪い出来事の場合原因となる神とか悪霊とかがピンポイントで指摘される事は多い。

しかし、何かしら良い事、嬉しい事、ミラクルな事が起こった場合、ピンポイントで「この神様に助けてもらった」とか特定される事が少ないように思うのだが。

神棚にお供え物を毎日置いて手を合わせている人、神棚すら家に無い人、色々だろう。

では神棚すら家に無い人にはミラクルは起こらない?

いやその場合おじいちゃんの家に神棚が、とか、ご先祖様が、とか、考えを巡らせ思い当たりそうな事を探ったりする。

それでも思い当たらないと、「あ、守護霊だ!」とか、「人生計画通りだ!」とか色々探すだろう。

そして「とにかくよかった」という所で落ち着いていく。

このブログでも何度も深堀してきた「人生は決まっているのか?」というテーマに、今の所「決まってない」もし決まっていても「予定があるだけ」という位の所である。

つまりは未来は自分次第という事になり、危険な事にも遭遇する。

そしてやばい時、何かしら手助けされて事なきを得る場合もある。

しかし、神社でイタズラをしたりして「祟りだ」とか「バチが当たった」とかいう場合、その特定の神社や神様が特定されやすいように思う。

以前も書いたが、人間は何か事が起こるとその事の「意味」を知りたいという特性を持つ。

苦難が訪れると、これはきっと神の試練だとか、運が悪いだとか、もう少し霊界上級者になると、「これは何かの布石に違いない、この先この事件に関連した事がきっとある」とか思ったり。

苦難の原因を知りたいのだ。

苦難に出会っても理由が判明すると人は安心する。

つまり安心したいから理由を求める、お金があると安心する、旦那や奥さん等パートナーがいると安心する、正社員だと安心する、なんでも安心したいから保険を掛けたり色々するのだ。

その安心材料に神様も加わっているようにも思える。

もしも、人間が生命の危機に出くわしたとき神様が何らかの方法で助けてくれたとしたら?

そんな物理界の人間世界に何かしらの接触というか操作が出来るのであれば、

「わしじゃ!」

とか教えてくれてもよさそうに思うのだがw

苦難の時も「わしじゃ!」と一声かけてくれたら「よし、立ち向かってやろう」という気力が湧いてくるかもしれない。

信心とか祈りとかという人間の心は何かしらの念を出したり、神様へのエネルギーになったりするのか?

そんな気持ちが神様は欲しいといった話も聞こえてきたりする。

廃れた神社には神様はいないという話も聞いたりする。

「わしじゃ!」の一言で人の心の念はもっと爆発的に増えると思うが、そうするとそれほど欲してもいないのでは?とも思えたりする。

熊本の地震では神様が神社を離れ、危険な状況になった人たちを助けに行ったので留守の神社が倒壊してしまったという話もあったりする。

かなりの方が災害で命を落としたが、全てを救えなかったという事が本当であるとするならば、神様にも物理的限界があるのか?という疑問が湧いてくる。

この場合、人生予定通りだとかという話は横へ置いておく。

以前も紹介したヒゲさんサイトの神様の紹介の中にあった話。

「最近神社へお参りにくる人間がチャラいのが多くてね。ふざけた願いをしてくる奴らには試練を与えておいてやったよ。」

どんな試練なのかわからないが、神様の価値観判断基準でチャライと判断されると、せっかくお参りに行ったのに試練を与えられてしまう事もあると言うのだ。

お参りした人の願い、もしかしたらこれまでの常識からは大きく外れていたかもしれない。しかしそんな突拍子もない発想が人間社会でイノベーションを起こすかもしれない。

そんな突飛な発想をチャライと判断されてしまったら。。。

それでいてヒゲさんの紹介する神様は「人間界でまだ発見されてない元素があるけど、そろそろかな?」とか、不思議な発言も書かれている。

他にもまだまだ理解を超えた話が満載で、矛盾とも思えるが思考の限界と思われる所を超えている部分もあり納得感は得られない。

そんな正体不明な神様だが、「わしじゃ!」の一言位言ってほしい所である。

そんな感謝の念を送ってもらえないような状態でも何かしら手助けしてくれているのだろうか?

少しでも主張してくれたら、もう少し社会も良くなるような気がするのだが。

先日ふと「あ、神様ってワインも飲むのかな?」とか思い、神棚に上げてみた。

そして数日そのまま置いておいたある日の深夜、熟睡中に胃から消化中のものが上がってきて気管に入ってしまい、強烈な胃酸の臭いと気管へ入ってしまった苦しみとで飛び起き、洗面台で冷や汗をかきながらせき込み、苦悶した。

こんな苦しい思いをしたのは人生初であり、もしかしてこのまま人生が終わるかと思ったほどの苦しみであった。

そして翌日ふと神棚のワインが目に留まり、降ろして匂いを嗅いでみた。

「スッパッ!」

強烈な酸の臭いで驚いた。

この時、神様に怒られたのかと思ったりした。

それ以来ワインはやめ、日本酒を置くようにした。

関連はあるのか、単なる出来事か、わからない。。。

「わしじゃ!」と一言言ってくれw

どのような立ち位置で人間界に関わっているのか、まだまだ霊界の事はわからないことだらけだ。

色々な霊能者も捉え方が違っていたりもする、それぞれの霊能者にコンタクトをしてくる神様の種類が違うという事なのか、その辺りもまだ不明だ。


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(22:50)

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