2015年12月01日

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ある方の体験から、肉体と魂がしっかり結合出来ていないというお話を教えて頂いた。
歩いていても地面に足がしっかり着地している感触が無かったり、物を触っても触れているという感覚が薄い。

それが、何かの拍子に突然肉体と魂が結合する時があるのだそうだ。
その時感じる事。

クリアな空気感、接触感、肉体の実感、どれも素晴らしいのだと。

一般的に人は母親の胎内にいる時に肉体と魂がしっかり結合されている為、その感覚が当然の感覚として有る為、感動や驚きは無い。

しかし肉体を持って数十年肉体との結合があやふやな状態で過ごしていて、突然しっかり結合されるとそのあまりの素晴らしさに感動するという。

「人間が人間をやめられない理由なのでは」

霊界の話をいくつも拝見していると、人間に転生してくるのに順番待ちをしているといった話が多くある。

この理由が分からなかった。
そしてその理由として「魂の向上」や「修行」「カルマの解消」等様々な説が唱えられていながらもどれもすっきり来なく、腑に落ちない。

魂の世界ではもしかしてこうした感覚的な事はぼやけているのかもしれない。
それが肉体と結合することにより霧が晴れるがごとくクリアになる感覚は目の覚める思いであろうし、その体験がたまらないのではなかろうか?

こんな事を思うと、もしかしたら人間界とは霊界から見たら「夢のワンダーランド」かもしれない。

以前もこの結論に達したこともあったが、まだスッキリ出来ない状況であった。

この肉体と魂の結合による感覚を体験したいという「欲望」が魂に有ったとしたら?
という事で仮説を考えてみた。

「夢のワンダーランド」
「人生なりきりゲーム」

霊界、魂の世界がどうなっているのかはわからない、がしかし様々な体験談等からして魂の世界というのはありそうであると考えられる。

霊界の仕組みまではわからないが、魂の世界があり人間界へ転生してくるその理由が「感動的な体験」だとして考えてみると、人間界で皆が「ディズニーランド」へ遊びに行こう!といった感覚に近いのではないだろうか?

ディズニーランドへ仲の良い仲間と遊びに行って、ミッキーの耳が付いたヘアバンドを頭に乗せる。
ディズニーの世界のキャラクターの服を着て、ディズニーの世界に浸る。
その世界が大好きな仲間と大好きな世界に浸り、同じ時間を一緒に過ごして楽しい時間を過ごす。

大好きな人にとってはたまらないひと時であろう。

魂の世界からしてみたら、人間界は「夢のワンダーランド」そこへ遊びに行って、その世界のキャラクター(人間)になりきる。そして仲のいい友達と一緒にその世界を楽しむ。

そんな楽しい世界だからこそ、魂が行列を作って転生の順番待ちをしているのでは?

様々な霊界の話を聞いていると、魂にもそれぞれ個性があるような話がとても多い。

個別の魂にそれぞれの個性があるとしたら、ディズニーの世界へ遊びに行ってもその世界で遊ぶ為のルールを守らなければ他の参加者に迷惑がかかるかもしれない。

そんなルールを知らない魂に、ディズニーのキャストは「楽しく素敵にルールを教える」。

それでもあまりにもひどい事をする参加者にはガードマンの厳しい指導が有るかもしれない。
指導も役に立たない場合は、退場もあるかもしれない。

夢の世界へ遊びに来るのに、仲良し同志だけとも限らない。
まだ生まれて間もない魂には親のようなサポートをしてくれる魂もあるかもしれない。

とてつもなく広い人間界で迷子になってしまったら、キャストが「優しくサポート」してくれるかもしれない。

人間界には人間界の独自ルールがあり、その世界を体験する為には結構守らなくてはならないルールがあったり、思考が幼い魂もあるかもしれない。

ルールを知らなかったり幼かったりする魂は、いきなり人間界へデビューできずに体験コースだけでちょっとの期間だけの体験もあるかもしれない。

「人間として生まれる体験」だけで「すぐ霊界へ戻るコース」とか。

人間界にデビューしたが、なかなかうまく肉体を操れず困っている仲間を助けるために子供としてサポートに行ってみたり。

人間界には人間界の世界観が広がっている。
そう簡単に人間界プログラムは変えられない。

人間界への転生のコースには様々なコースがあり、それを魂のレベルに応じて希望を含め選択できる。

「体験コース」「主婦コース」「社長コース」「政治家コース」「芸術家コース」e.t.c

そしてヘビーメタルの世界もあって「軍人コース」「テロリストコース」「自爆コース」「変質者コース」「殺人者コース」等、怖い世界もあったり。。。

人は結構怖いものが好きだったりする。
恐怖の館、おばけ屋敷があったり、ホラー映画がヒットしたりと怖いけど見たいとか。

そしてそのリアルな人間界を十二分に堪能する為には、「完全になりきる事」が必要とされる。

人の記憶という仕組みもよくわかっていないが、昔の事など思い出せなくても何かのきっかけがあると思い出すことが出来たりする。

まるでミルフィーユのケーキのように階層となって記憶は積み重なっているのかもしれない。
ミルフィーユ

人間界へ転生してくる魂は、人間に転生した時、肉体の記憶が新たに書き重ねられ、その前までの記憶は思い出せないのであろう。

だから退行催眠等で前世を思い出すことが出来たりするのかもしれない。
何かその魂の記憶にきっかけを与える事により、ふいに思い出したりするのだろう。

そうして記憶を肉体が生まれた時をスタートとして新たに体験が新鮮なものをなる。

先日、証券会社の悪習慣?という事で印鑑を押すときは上司の印鑑の方へ斜めに、自分の陰影が上司にお辞儀をしているように押す事が暗黙のルールとしてあったとニュースになっていた。

そんな習慣はその世界にいた事のある人にしかわからない。
しかしその世界の中では受け継がれた習慣であり、守らないと怒られたそうな。。。

人間界も延々と続いている世界なので、魂の世界から転生してきたら、教育とう事で言語から習慣、しつけ、マナー、先輩後輩だとか様々な事を教えられ、新しい記憶ではそれが常識となって行く。

そうして新たに人間として過去を忘れ、一人の人間として「なりきり」、人生を体験していく。

「夢のワンダーランド」の体験なので、魂は明確な義務があるとは考えられない。

義務等では無く「やりたい事」があるのでは?と考える方が自然であろう。

仲の良い魂同士が人間界で「結婚してみよう」という目的をもって転生してきているかもしれない。

人間界の多くの人たちを見渡して感じる事は、十人十色であり、趣味嗜好考え方も全て違う。
それぞれが「やりたい事」「体験したい事」を持って、魂の順番待ちを待って自分の目的を果たせる場所へ転生しているのではないだろうか?

「恋人同士が結ばれない、悲しい愛の物語」を本や映画等で見て、涙を流す事が好きな人もいる。
本や映画で無く、人間界で実体験してみたいと思う魂がいるかもしれない。

霊界がどういった仕組みになっているのか分からないが、もしかして魂にそれぞれ個性があるとしたら、その個性の中で人の人生を見て「自分も!」と新しいコースに申し込んでくるかもしれない。

もしかしたら霊界で「人間界で戦争が予定されたので歩兵としてあっさり殺される役」を募集したりしているかもしれない(笑)

ワンダーランドの舞台となる地球というステージも時には地震等で舞台が壊れる事もあるかもしれない。そんな事故で犠牲者になってしまった魂は、順番待ちの魂より優先的に転生出来るとか。

前回の人生で金メダリストを目指したが、達成できなかったのでもう一度転生してチャレンジする魂もいるかも。

アインシュタインやニコラステラといった歴史に名を残した科学者たちは、夢の中でこの発見につながるヒントを得たと言う。

人間界へ転生するコースの中には、もしかしたら人間界を引率する役目もあるかもしれない。

この可能性の話は書き始めたらいくらでも出てくるため、この辺りで止めておいて、この仮説に反すると思われる可能性も考えてみる。

霊能者と呼ばれる存在が一般人には感知できない何かをキャッチし、人間界へ教えてくれるという位置づけなのだが、インターネットが普及した現代、霊界に関する謎の部分がかなり判明してきたと感じる。

今回の仮説がもし、その通りだったとしたら?

人間界はディスニーランドと同じ体験の世界、これまで人間界のルールを叩き込まれ、厳しい世界で耐え忍んできたのだが、「なぁんだ、そうじゃなかったのか!」と思う人が増えていったらどうなるのであろうか?

人間の体験なのだから、人間界のルールにそんなに縛られる必要も無いではないか!と無茶をする人が増える可能性は当然ある。

今現在は「もしかして」という段階なので、まだ人間界のルール法律等が優先されている。

しかしスピリチュアルブームもそうであるし、海外ではニューエイジだとか様々な霊界を完全肯定する思考が広がっている。

宗教等で聖書だとか仏典とかあるが、これらは「戒め」という部分が結構あり、「人間の生き方」を説いた内容が多いように感じる。

人間界は霊界の「夢のワンダーランド」、今この考え方が広がって行ったら「ネタばらし」となるため、「完全になりきり」で体験をしている魂にとって面白味が無くなるとも考えられないだろうか。

それとも「ネタばらし」はここまでで、これ以上は人間の感覚では解明できない仕組みになっていていつまでも霊界は「怪しい世界」という位置づけのままなのか。

演劇や映画等を見ても「役者」が真剣に「演技」していなければ、そのお芝居はしらける。

夢のワンダーランドでなりきりの人生を人間として体験しているから面白いのか。

人間界の仕組みが想像を超えるような、今からではまるで想像できないような世界に変化していくのだろうか。

やはりどう考えても魂に「修行」や「試練」が必要だとは考えにくい。

「やりたい事」をやっている限り、その時起こる出来事で傍から見ると悲惨に見える過酷な事でも「やりたい」と思って取り組んでいる人には何でもない事なのかもしれない。

その程度が人により価値観の違いや経験の違いから発生する感覚なのであろう。

人生シナリオ説も色々考えたが、「やりたい事」をやりに来ているという状態で、それをサポートする守護霊が環境を整える、だから目的としている事に対しては「神がかり的」に不思議な現象も時折発生するのではないだろうか。

価値観の違いだからこれは私の価値観ではわからない現象、テロリストや殺人者、独裁者や策略家、私の価値観では「やりたい事」としてこうした怖い事をやりたいとは思わない。

しかし現実に実行する人はいる。

自分の価値観と合わないから、このワンダーランド説は間違えであると考えるのはこれも霊界の妙、非常にうまい作りになっていると感心させられる。

個々の魂がそれぞれ「やりたい事」を持って、それに適した環境へ生まれてくる。
親の「やりたい事」とは当然違うし、根本的な個性も違う。

伝統工芸を継承する家庭へ自分もこの仕事をやりたいと思える魂が生まれてくれば、それは継承され技術の移転もスムースであろう。

人間界の価値観で親の考え方を子供に押し付ければ、そこに魂の目的のギャップがある限り衝突は免れない。

何せ人間に「なりきる」のであるから、魂本来の目的を完全に忘れてしまう魂がいても不思議ではないだろう。

もしかしたら単に人間界を体験したいだけで転生してきた魂ならさしたる目的も無く人間界の価値観に完全になりきっているかもしれない。

何度もディズニーランドに行った事のあるベテランは、その楽しみ方をよく知っている。
前世で乗ったことの無かったアトラクションも興味が湧くかもしれない。

人間界へ何度も転生してきている魂は、なりきって人生を体験するという事をよく理解しているので、他の魂もそうである事をわかっている。
そんな魂が宿った人間はもしかしたら「他人を尊重し、助け合い、共に楽しむ」という事をやっているのかもしれない。

他人に対する配慮が足りない人や無頼漢等はもしかして人間界「初心者」かもしれない。

初心者だとしたらベテラン魂が配慮してあげてサポートしてあげてもいいであろう。

「もしかしてこの人間社会は霊界の夢のワンダーランド」とどこかで思っていると、人にやさしくなれるかもしれない。

こうした事に気付いた人は、もっと知りたくなるだろう。

そして知れば知るほど、優しくなるのではないだろうか。

最近物騒でギスギスした社会環境が広がっているが、これもワンダーランドのアトラクションの一つだと思いたい。

もう少し確証が得られる何かを見つけたいという思いはまだつづく。。。




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(17:41)

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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2015年12月03日 19:01
こんにちは

>何せ人間に「なりきる」のであるから、魂本来の目的を完全に忘れてしまう魂がいても不思議ではないだろう。

目的を忘れる魂がほとんどなんでしょうね

霊界にいるときの「やりたい事」と、人間界にいるときの「やりたい事」は、
全く同じにはならないと思います
これは霊界の思考と人間界の思考が異なるためです

夢うつつの状態、もしくは寝起きの状態を思い出してみて下さい
漠然としていて思考がうまくまとまらないですよね
肉体の五感が乏しいとこういう状態になってしまいます
これが一般の人が体験できる霊界の思考に近い状態です

この状態で「やりたい事」を考えても、漠然としたものしか出てこないですよねw
それを人間界に適用しようとすると、よりリアルな五感や感情に左右されますから、
周囲の状況に応じて如何様にでも変わってきます。
気がついたら「やりたい事」と正反対の事をやっていた・・・なんてこともあると思いますよ
そこが人間界の難しいところなのでしょう

逆に考えると外界からの情報を遮断することで「やりたい事」を思い出すこともあると思います
私は人生の重要な局面ではそうするようにしていますよ

2. Posted by 四季(管理人)   2015年12月04日 00:00
無人くんコメントありがとうございます

そうですね、魂の時点でやりたい事と思っていた事、すっかり忘れているのでしょうね。

若いころ、なぜかわからないが興味をもってその事ばかりすっとやり続けていた時期がありました。

そして数年経過後、今度は別の事に猛烈な興味を示し、そればかりやっていたり。

こんな「興味を持ってそればかりやる」という事も実は魂の時点でやりたいと思っていた事なのかもしれません。

それから数十年、今ではもう興味を持つ対象が無く、しいて言えばこの霊界の仕組みが興味の対象という事でしょうか。

若いころから趣味がありすぎて時間が足りなく困っていました。

今は逆に目的が無く時間が有り余って困惑気味です(笑

なかなかうまく行かないものですね〜

もしかしたらこの探検も魂の時点では知っていたが、それを忘れて探検してみるというゲームをやっている自作自演の可能性もありますね。

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