2015年11月09日

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太古の昔から人は世界各地で「神」を感じ、「祀り」、その教えを大切にするという事をしてきた。

世界各地の地域ごとにその教えは様々であり、純粋であるがゆえに悪意を持った連中に利用されることもしばしば。

そして挙句に教えの違いから対立し、宗教戦争にまで発展している。

人はなぜ「神」を感じるのだろうか?

崇高な雰囲気、静まり返った心、そんな雰囲気に何かしらを感じている。

何かしら感じていたものを「神」という対象物を作り出したのか、他に何か理由があったのかは不明だが、全世界でこうした考え方を「神」といったとらえ方で崇拝してきた。

現代日本では「教え」等を広げるという団体は敬遠されている事が多い。

数多くの宗教団体からも誘いを受け、沢山の時間をかけて教義を聞かされてきた。

しかし聞けば聞くほど自分には納得できない事が多過ぎて宗教団体には属すことは無かった。

20年以上前から「バリ島」が大好きで、何度も訪れた。
bariダンサー

バリ島へ到着すると、飛行機のドアが開いた瞬間から独特の雰囲気と香りにバリを感じる。

そして人々が合掌しながら笑顔で挨拶をしてくる雰囲気と町の至る所に神々を奉る石碑等がありお線香が煙をくゆらせる。

そんな雰囲気の中に入ると、なぜか不思議と自分も心が「信心深い」雰囲気と言うか、穏やかになる。

ヤクザ映画を見た人たちが映画館から出てくる時には雰囲気が映画の雰囲気と似ていたりしてと昔からよく言われてきた。

環境の雰囲気の影響を受けるという事は確かにある。

人間はなぜ「神」という風に感じるのだろうか?

バリ島でジェゴクという竹を使った50名で2チームに分かれての独特な打楽器演奏がある。

バリ島周辺で昔戦争があり、バリ島周辺の島国から逃げた人々がバリ島へ集まった事により、周辺の様々な宗教が混ざり合って今のバリ島は「神々の島」と呼ばれているそうな。

そしてジェゴクという竹の打楽器演奏を圧政で封印されてしまったのを「スワントラさん」が復活させたという。

スワントラさんの奥さんは日本人だそうで、スワントラさんは日本語もかなり話す。

25年前スワントラさんの知り合いの紹介で自宅を訪れ、ジェゴクの練習をいつも行っているという場所でジェゴクを聞かせてもらってきた事がある。

録音されたジェゴクの音では決して聞こえない重低音があり、25名対25名のジェゴクの真ん中に立つと、そこは3mの竹から出る重低音が渦巻いており、立っているだけで意識が遠のく。

そしてトランス状態とでも言うのか、不思議な感覚になっていく。

これはクセになる(笑)

ケチャックダンスという祈りもあるが、これはケチャをやっている人がトランス状態になりながらやっているそうな。

このトランス状態というのが神を感じる為の共通のキーワードかもしれない。

しかし太古の昔世界各地で人々の交流が出来なかった時代でも同じように「神」を祀るといった事が行われてきた。

101匹目の猿という現象で言われるように交流のない地域の猿も同時多発的に同じような行動を取ると言われている。

不思議な現象であり、人間にも共通の現象であろう。

こうした現象から「共通意識」とかという考えに発展していると思われる。

神を感じる崇高な心を持ちながら、教義の違いから残虐な心が沸き上がったり、人間の心は様々な側面を持っていたりする。

神はいるのか、いないのか?という論争は何かずれているように感じるのは、人の心が「何か」を感じており、その何かを「神」といった表現にしたためしっくりきていると言った方がいいのかもしれない。

人の心の特徴、感じ方の表現として「神」、だから神がいるのかいないのかというのでは無いのでは?

そしてその後「神とは」という定義付けが進み、その存在が何かをしてくれたり、大災害を神の怒りと感じたりと言った「擬人化」という感じで進んだためにいるのかいないのか?という論争に発展したのだろう。

人間の心の特性なのだから、誰かが定義づけした時点で定義づけが正しいのか間違いなのか、という話だ。

毎日祈りをささげ、寛大な心で人々に尽くして生きていた人も戦争等で無残な結果になった人もいるだろう。

悲惨な目に会い「神も仏もあるものか!」と怒った人もいただろう。

様々な定義付けと解釈で現代はとても複雑になっている。

解釈も様々であり、人生は決まっている派と決まっていない派、また中間的な解釈等数えきれない。

何かを感じる人の心が不思議であり、解明できないからまた面白い。

人生が決まっていたとしても未来は知らないのだから決まっていないと解釈するもよし。

日本とは違う文明に直接触れて感じるという体験はとても視野を広げる事に繋がるので楽しい。

違う文明、違う考え方、違う生き方、それぞれを尊重し理解するよう心掛けるととてもいい交流が出来る。

日本の中だけでも自分以外の人は違う、この違いを尊重し理解しようと心がけるとまたいい交流が出来る。

違うから「排他」「排除」と言った思考が減っていくことを願いたい。





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(16:41)

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