2015年10月14日

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身辺整理と検索すると「自殺の前兆」だとか「死期を悟った人の行動」だとかなんとなく不吉な事が多く書かれている。

一方断捨離で検索すると「気分一新」だとか「断捨離のすすめ」といった内容が多い。

どちらも自分の持ち物で不要と思われる物を捨てたりしてすっきりさせるという意味合いだ。

行動は同じでもそれを実行する人間の心理が違う。

ここ半年位なんとなく思っていた「不用品を捨てる」という思い。
自分の場合、とにかく物が多い。

パソコン関連から電動工具、書類に楽器と引っ越しの時はいつも大荷物だ。
しかしその荷物も数十年経過している物も多く古めかしいものもある。

必要な時には役に立つものの、そんな事態はめったにない。
しかし使える(笑)

こうして荷物は増えていく。

昨日の事、なんとなく棚の不要書類をシュレッダーに入れ始めた。
止まらない。。。

棚の上から段ボールを降ろして中をのぞく。
まあ、もういらないだろうと思えるものを出し始める。

大きなゴミ用のビニール袋を用意し始めたら止まらない(笑)

不用品を整理したいとずっと思っていたのだが、昨日から大がかりに整理を始めた。

人が何の前触れも無く突然身辺整理を始めたときは。。。という流れを見て、それは不吉な。。。と感じる人もいるだろう。

自分自身は気分一新というつもりで始めている。

昔からよく言われているのが、突然懐かしい人が遊びに来たり次々と親戚や兄弟に会いに行ったりという行動は「最期のご挨拶」とも言われている。

その本人はそんなつもりは無く、なんとなく懐かしくて会いに行っただけ。
しかし一通り挨拶が済むと、突然死したり事故死したりという事例が語り継がれている。

私自身の体験でも過去に一度あった。

私が事務所で深夜まで友人と会話していた時、午前2時ころ本当に久しぶりに弟が事務所へ現れた。しかも深夜。どうしたのか聞いてみたところ前を通りかかったら電気がついていたので寄ってみたと。

そして30分ほど笑いながら話をして、その後「これから○○へ行く」と言って出かけて行った。
その2時間半後、午前4時30分、深夜に電話が鳴った。

父からであった。
弟が高速道路で大事故に遭い脳外科の病院へ救急搬送されたと。

血の気が引いた・・・

その時思った事
「あいつ最期の挨拶に来たのか。。。」

急いで着替えて病院へ行った。
病院へ向かう途中、病院の中の様子を想像していた。包帯でぐるぐる巻きになって点滴やら何やらのチューブに繋がれて、と。

心の準備をしながらの車中は誰も会話をしない無言の重い空気だった。

そして病院へ到着してみると。。。

薄暗い深夜の待合室の長椅子に弟が座っていて警察官と談笑している。。。

この時ばかりは頭が混乱した。

そして事故の様子を聞いてみると、エアバッグ等安全装置がうまく作動して助かったが、頭を強く揺らされ意味不明な事を言っていたので脳外科へ搬送したと。

脅かすのは今回までにしてほしいと心底思ったが、その帰り高速隊の駐車場へ事故車両を見に行って息をのんだ。

転がったのか車の形が原型をとどめていないほど壊れていた。

よく助かったな。。。

と体験はここまでだが、これは最期のご挨拶の疑似体験だった。

今でも弟は元気に生きている。

実際に最期のご挨拶となった親戚もいる。

普段と違う不自然な行動をとると、何かあるのか?と勘ぐってしまう。

そんな経験をしているからか、自分自身が突然身辺を片づけ始めている事に「あれ?」と思ったり、しかし自分の心を冷静に観察すると「心機一転」と明るい気分。

これはやはり次のステップへ向けての断捨離なのだろうと解釈してみた。

この後どう展開していくのか自分自身でも楽しみであり人体実験のような感じか。

どうしてその行動を始めるのか?

どうしてそう思ったのか?

その思いの根源は何だろう?

意味があるのか無いのかは人間が後から付けるものなので関係ないが、宇宙の始まりはどうして起こった?と似たような感覚でその思いの始まりは?と気になる。

最近、これがチャネリングという事になるのだろうか?と思いながら試してみたり、他にも色々変化が出てきているので、また気が付いたこと感じたことでもおいおい書いていこうと思う。






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(11:54)

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