2015年09月05日

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精神世界、スピリチュアル、このブログもそうだが本当に多い。

このブログも精神世界を探索している一つだが、どれも矛盾に満ちている。

なぜだろうか?

精神世界の話で最近本当に多いのが「時間」という概念についての考え方だろう。

過去も未来も全て「今」にある、とか全て決まっている、とか一般的に我々が使用している単語「過去」だとか「未来」だとかという言葉を使い、「今」にだけあると言った一般的には誤った使い方だ。

時間という概念からすると「今」より前の時間帯の事を「過去」ととらえている。

それが「今」の中にあるという表現は「過去」という一般的に考えられている「過去」とは違う意味合いを持たせた精神世界独特の表現とう事になるだろう。

こうした表現で説明する方々は、何かしら確信をもっているため私のように疑問を提示すると、「まだわかっていない」という答えが返ってくる。

こうした感じ方というのか表現の仕方が「言葉的」に矛盾を感じさせる一因となっているだろう。

肉体を持った人間としての感覚や知識等で理解しようとすると、人それぞれ尺度が違ったりそれまでの知識、経験等の差、他個性や性格によっても受け止め方が違ってくる。

「一瞬」という瞬間を考えてみると、今の瞬間もどこまでを「瞬間」と定義するか?

1秒? 0.1秒? 0.00001秒? 陸上競技等を行っている人にしてみれば1/1000秒単位で考えるかもしれない。

コンピューターネットワークの世界にいる人は 1/数億秒位で考えるかもしれない。

「今」という定義も人それぞれだろう。

精神世界では時間という概念が存在しないと言っている事がとても多い。

以前もこのブログで書いたが、地球の歴史で見れば数十億年の歴史の最先端の数秒が人類数千年の歴史であるため、惑星レベルの瞬間で見れば人間的に過去の話も地球的には「今」であろう。

精神世界を「量子」の話で説明する人もいる。

量子の世界では「ひとつの量子が同時に別の所に存在できる」という事が「パラレルワールド」の根拠になっていたりもする。

その量子が複数集まり出来上がっている「物質」も別の次元に同時に存在する?

こうした話を突き詰めるのは、量子の世界がまだほとんど解明されていない為無意味であろう。


人はなぜ精神世界に興味を持つのだろうか?

それは、不思議な現象を体験したりするからではないだろうか。

小指に繋がれた「赤い糸」を信じてみたかったり、出会ったその人が「赤い糸」で結ばれているかも!?といった思いからワクワクしてみたり。

道路にボールが転がってきたために車はブレーキを踏んで減速した結果、後ろの車も減速した為にちょっとくしゃみをして目をつぶった瞬間に後ろの車に激突。。。

何とも運の悪い、、、とへこんでいたが入院した病院の同じ部屋に入院していた人へお見舞いに来た人とその後結婚したりw

こうした連鎖した出来事を「運命の輪」と言った表現で使われ続けている。

「運命」とか「宿命」とか「何か決まっている?」と思えるような現象も精神世界に興味を持つきっかけになる人もいるだろう。

詳細は書けないが私自身もこうした不思議な現象、偶然というには無理がありそうに思える事がとても多かったという理由からである。

そんな不思議と思える現象は実は「時間の概念が無い」ので「過去」も「未来」も全て「今」にあってね、と説明されてもかみ合ってない。

それどころか、未来に起こることも全て決まっているという説明もあり、そうするとオイオイ、じゃ会社を興しても倒産することもオリンピックでメダルを取る人も全部決まっているのか?という展開となり、そりゃ極論だよとか、重要なイベントは決まっていて、、、と迷走している。

しかし「あなたはわかっていない」と私に言う人は「そうじゃないんだ」と何か確信を持っている。

一人の人の説明では完結しているように思える精神世界だが、他の確信を持っている人に聞いてみるとそこに矛盾が発生する。

精神世界に興味を持つ人の理解度とでも表現すればいいか難しいが、知りたいところのポイントが皆違う。

困っている人、へこんでいる人が元気を取り戻したり悲しんでいる人の心が少しでも落ち着くための対処としての説明なら一人の確信を持った人の完結した説明でいいのかもしれない。

このブログはそうした複数の確信を持った人達の説明にとても矛盾を感じるため困っているのだ。

地球は平だと人々が思っているときに「実は地球は球形なんだ」と言ったら火あぶりの刑に処せられては進歩がない。

まあ、進歩する事が必要か?とか脱線するポイントは数多くあるが。。。

真実を知りたいという思いは疑問が湧き出れば当然あるだろう。

知らなければよかったと思える事もあるかもしれない。

しかしそれは知ってからの判断だろう。

明日私は大事故に遭い心停止となり、葬儀の準備中に生き返り、猛烈な痛みと戦いながらリハビリを行う、そしてその後その事故がきっかけで精神的に充実した人生を送ることが出来るという事が決まっているとして、今その事を知ってしまったとしたら?

いやいやそんな事故は回避したい、普通に暮らしたいからそんな経験はいらない、と思うかもしれない。

しかし、そんな事を知らなければ事故に遭遇しとんでもない経験をすることになるだろう。
そしてそんな患者も必死に助けようと医療スタッフも懸命に努力してくれるだろうし、家族や知人もお見舞いに来て励ましてくれたりするかもしれない。

全ての人類が自分の未来が決まっているとして、それを知っていたら?

事故や事件が起こることも無いだろうし、株式市場も存在できない。スポーツ競技も全て結果が分かっているとしたらその未来を回避する動きになる為に予定とは違う動きが始まる。

これは精神的にも無限ループになるだろう。

サッカーのPK戦、右へ蹴ろうと思った瞬間キーパーは察知して右へ飛ぶという事が見えると左へ蹴ると考えを変える、するとキーパーも・・・どう考えても全てキーパーにはじかれる。
勝負がつかないという事になる。

一例で書いたこのことに関しても、精神世界にいると思われている「魂」では考えていることが相手に全て筒抜けなので隠し事が出来ないという。

だから、隠し事が出来る人間に入って遊んでいるのだ、と。

この辺りの事も書き始めたらきりがない。

結局全ての精神世界の話は「多分」そうであろうというレベルになってしまう。

精神世界の話をするとき、着地点としてどこを見て話をするのか?

そのポイントが違うと話がずれる。

「全ては同じ」

元々は全て同じというこの表現も見るポイントにより変化する。

ダイエーホークスの松坂大輔が怪我の為戦線離脱、ファンに説明が無いという記事があった、4億円持ち逃げだと。

そのお金は元々ファンが球場に来たりグッズを購入してくれたお金だ、というが元々と言い始めると、お金の始まりはそこか?という展開になってしまう。

そのファンが使ったお金はどこかで仕事をして誰かが使ってくれたお金であり、、、と回っているものを元々と言うのは適切で無いと私には思える。

全てが同じ?確かに全てのものは人間など生物も含め元をたどると「量子」に行き着く。

量子は何で出来ているのか?という所まではまだ分からないが、「精神」は?

この精神、人が思考する精神はどこから来るのか、これも量子にたどり着くのだろうか?

まだ精神という存在を証明できてはいない。

幽体離脱
確かに臨死体験や様々な事を体験した人達の話から共通する事をまとめていくと「精神」や「魂」と呼ばれる存在がありそうに思える。

しかし、その存在を人間的思考で納得できるような証明方法は今の所見当たらない。


特殊な体験をしたと「思っている」人の話や霊能者と呼ばれる人が「感じた」という事、瞑想等で「悟った」人等の話である。

これはそれぞれの人たちが体験したと言っている話を否定しているわけではない。

今の現状では、情報量がこの位しか無いという現状なのだ。

霊能者と呼ばれる人の中にも勘違いしている人や偽物も交じっているため、この情報源もあやふやである。

それでも不思議と思われる現象は無数にあり、日々悩んでいる人もありと私自身も疑問が消えない。

本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう。




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(10:57)

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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2015年09月05日 21:19
こんにちは

>過去も未来も全て「今」にある

これの答えになっているか分かりませんが、
以前のコメントで、霊的視点で見る未来と現時の未来は必ずしも同じではないと言いました
これには、ちょっとした根拠があります。

私は夢をみると必ず記録しているのですが、そのなかに当たった予知夢が入ることがあります。
その予知夢と起きた時点での状況を比較するといくつか辻褄の合わない部分が出てきます。
たとえば、実際起きたときには車や家を買い換えているのに、夢の中ではその時点で所有しているものだっだりとかですねw
同様に辻褄の合わない過去の夢を見ることもあります。

何が言いたいかというと、その時点で想像できないものはその時点の未来では存在できないんじゃないか・・・ということです。
要するに、現実の未来までの間に人の考えや行動が変わることもある。
とすると、霊的視点で見る未来と現時の未来は必ずしも同じではない・・・と思った次第です。

我々の世界では時間を基準にして、「過去」「今」は確定していますが、「未来」は不確定です。
精神世界で意識のあり方を基準にして、永遠に「今」が続き、「過去」「未来」はそのときの意識の視点でみた景色でしかないのかなと思います。

その景色が実際パラレルワールドとして実現している世界なのかは分かりません
ひょっとすると、その景色は物理的な世界を見ているのではなくて、想念で作られた「過去」「未来」の世界なのかも知れません。

ここまでは個人の意識の話ですけど、集団になるとどうなるのか?
なぜ自分が意識しない災害が予知できるのか?
全然説明出来ていませんけどねw
ぼちぼち考えていきたいと思います。
2. Posted by 四季(管理人)   2015年09月06日 11:03
無人くん コメントありがとうございます

>その時点で想像できないものはその時点の未来では存在できないんじゃないか・・・

この視点、興味深いですね。
今想像している事、将来的になんとなく欲しいと思っている物等これらは知らず知らずのうちにその方向へ自分が動いている結果、夢に見た内容に近い状態になっていく。
現実世界は想像を超えたところにその物に繋がっている事象があるので、夢の内容と若干違いが出来たりするのでは?という考えも出てきたりします。

実際私自身も「あれ?これは以前夢で見たな」と感じる事もあり、もしかして予知夢?と思ったりすることもあります。でも冷静に考えるとその予知夢を見る前に、興味を持って見ていた時期があるな、と思い出して結局なんとなく望んだ結果その方向へ選択し続けた?と確証を得られない状態です。

最近おぼろげながらではありますが、霊的な何かの意思とか、そういった概念とは全く違う現象があるのでは?という考えがあります。
これに関してはまだヒントがチラリと見えた程度なので、もう少し掘り下げと思考の時間が必要なのでそのうちブログでも書くかもしれません。

現実世界で未来に起こりそうな天災や事故等を夢に見ている人がいるという事実が話をややこしくしているという状態ですが(笑)
※未来を夢で見ている人に何ら責任は無いですよ。
私がややこしく感じているだけです(^^;

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