2015年06月09日

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何気なく録画されていた映画を見た。
「パッセンジャーズ」
パッセンジャーズ

飛行機事故で奇跡的に助かった人たちを女優アンハサウェイが
セラピーで心のケアをするというストーリーだ。
生き残った若者とアンハサウェイが恋に発展して、、、と恋愛ものかと思い中だるみしながら見ていたが、衝撃のラストであった。

古い映画なので書いてもネタバレとかで怒られないだろう。

その航空会社の人間が事故の原因を隠そうとしているかの流れ。
怪しげな航空会社の人間が残していったバッグをアンハサウェイが開いてみると、そこに事故機の搭乗者名簿。

アンハサウェイはそのリストを見ていて、自分の名前をそこに見つけた。

そうアンはあの飛行機事故で死んでいたのだ。

数人が生き残ったという始まりだったが、実際は生存者はゼロ。

あまりにリアルにラストまでアンのストーリーが展開されていた。
その映画を観終わった今、自分自身も物凄く衝撃を受けている。

実は、自分自身もどこかの段階で死んでいたのでは?と。
今生きていると実感しているこのパソコンも、ブログも机も先ほど食べた夕食も家族も全て自分自身が有ると思い込んで現象化しているように錯覚しているだけでは?と。

そういえば、若いころ何度も夢で見たあの様子。
自分は浅い水の中に沈んでいて水面に白衣を着た人が2〜3人のぞき込んでいた。なんとなく思う事だが、中絶して取り出された後、パレットに乗せられていた時に見た光景ではないか?と。

その後、中学生の頃は幽体離脱のような感覚で空を飛びまわっていた記憶もある。

そしてひどい交通事故にも何度も逢うのだが、奇跡的に軽傷で済んでいた。
病気にもならない。
いざ大変な時は、奇跡的とも思えるタイミングで助けてもらった。

これまで自分はとてつもない強運の持ち主だと思っていた。

このブログを書いているこの瞬間も疑惑は消えない。

これを書いている自分、これを読んでいる人。

実は肉体的な命があると思い込んでいるだけなのではないか、、、と。

真実とは一体何なんだろうか?

実は私は既に肉体的に死んでおり、今感じている事は全て幻想?

いや、登場する全ての人たちも肉体が存在すると思い込んでいるだけの幻影?

宇宙空間が広がっており、惑星があり、物質的に感じている肉体や周辺の物質も実は感じていると思っているだけで実は幻影なのかも。

そして肉体を持って命があり、魂があり、肉体が死ぬと魂だけの存在になりとなんとなく思っていた事も含め全てが幻想なのでは?と思えてきた。

時々とてもリアルな夢を見てどちらが夢なのか現実なのかが混乱したりすることも過去にはあったが、実はそれ自体も全て幻想の中で思っているだけか?

だから肉体があると思い込み、霊能力を持つ人がいう事は矛盾だらけなのに世界は成り立っているように見えたり、問題は解決されなかったりと永遠に答えにたどり着けないという実感を持ったのだろうか?

物凄く高度に構成されたこの多重幻想社会で輪廻転生していると思い込んでいたりするのか?

物理的に制限がある世界だと思い込んでいるこの社会にも関わらず、何かに導かれるように事が運び、成功する事もある。

なぜか?

実は肉体があると思っているだけで、この世界も幻想の中だけの事なのかもしれない。

宇宙空間も実は何もなく、ほかの惑星の異星人という登場人物も壮大な幻想世界の中での事で、物理的に惑星があると思い込んでいるだけなのかもしれない。

よく色々なセミナー等で「既成概念を取り外す事が重要」という。
そのセミナーすらも既成概念で出来上がっているのかもしれない。

バッグに入れたライター、ファスナーをしっかり締めて外出したのだが、結局家に帰るまでファスナーを開けることは無かった。
しかし帰宅後、ファスナーを開けるとタバコはあるのにライターだけが消えている。ポケットに穴も開いていない。ファスナーも壊れていない。
2時間くらいで帰ってきたので、誰かに持っていかれたという他の人との接触もない。「物が消える」という現象。

寝るときに机の上に置いた財布が翌日無くなっている。
数日後別の部屋のタンスの隙間に落ちているのを発見。
誰が悪戯する事も無い部屋での不思議な現象。

バイクを運転中、信号無視の車に側面から突っ込まれ車もバイクも廃車になるほどの衝撃でぐしゃぐしゃ。私は救急車で病院へ運ばれたが打撲だけの軽傷。
その後病院へやってきた警察官が私の目の前で「今バイク事故で運ばれてきた人は?」と問い合わせていた。ぐっしゃり壊れた車両とバイクの状況から、バイクの運転者は間違いなく死亡だろう、良くても重体だと思っていたそうである。

まだまだ沢山ある。

なぜか死なないのだ。

やりたいと思った事は全てやってきた。というより実行できる環境がそこにあった。本当に他の人と比べたら驚かれるほど様々な経験をすることが出来た。

その結果、今、何もやりたいと思うことが無いのだ。

そしてもう十分満足したのでこれで人生終わっても構わないと思っている。
しかし、子供がまだ学生でという状況でなおかつ私の体は健康体でまるで病気を知らない。あとは子供の為の環境を用意してあげようと思っている位だ。

これも既成概念なのか?

それとも何処かにまだ何かしらの「意思」があり、もう少し人生を続けろという指令でも出ているのだろうか?

自分自身の知らない所で自分の人生の計画がまだ実行されているのか?

そう個別に思うような個人個人という感覚の意識を切り取られているのか?

個別に分離された意識は、大元の意図を絶対に知ることは出来ない仕組み?

4日ほど前に、浅い意識の中、寝る直前というか起きている感覚との狭間でとてもリアルな経験をした。

祖父が登場し、何かを伝えようとしている事は理解できたが意味がしっかり判断できない状況であったので、存命の親に様子を聞きながら祖父が何を言いたかったのか探ろうと思っている。

あの時もそうであったが、触れたもの見たもの感じたもの、それは今現在こうしてキーボードを打っている感触となんら変わらない状況であった。

そして気が付いたら、頭はとてもクリアではっきりしておりその時の様子を全て書き残した。

これまで見てきた感覚からすると、「夢」とは明確に違うと言える。

この体験をしたばかりなので、今回見たパッセンジャーズという映画に衝撃を受けたのかもしれない。

境目が分からない。
そもそも境目等、存在するのだろうか?

真実とは一体何のことなのだろうか?

実は自分は既に死んでいる?と疑う事すらも多重幻想の中での事か?

最後までお付き合い頂き、ありがとう。



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(00:24)

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この記事へのコメント

1. Posted by To-yan5    2015年11月25日 06:12
はじめまして。自分の運命と命に 興味と疑問があり
たまたま、こちらのブログを拝見させていただきました。

不思議な世界、スピチュアルなどについての
考え方や 疑問のとり方が 自分とよく似ていて
共感しております。
私は今、男40代。 夫婦で子供2人。仕事等、普通の暮らしで生活しています

実は 私も10代の後半に たまたま、強い力の
霊能者さん と出会い、 予言により 命を助けて
いただいた 一人です。


私の場合は バイク事故で死ぬ と言うイメージが
見えたと 霊能者さんが 言いました。
その霊能者さんには 日頃から相談やアドバイスを
いただき、 ほぼ100パーセントその通りになってました。 いつも可愛いがって もらいましたので
霊能者さんは 慌てて 、 私の手に塩を盛り
おまじない をしていただきました。
「なんとか、カスリ傷で 済むようにしたから
安心しろ!」
と、言われたのですが …。そのとき私の頭の中は
ポカーン としていた事を覚えています。
霊能者さんは いつ何時に 事故するかは
わからない と言うことでした。
それから約半年後に 予言通り 起こりました。
その半年の間は いつ起きるかわからない、恐怖と 想像で 頭が おかしくなっていて 精神的にもボロボロでした。

結果、バイクは跡形も無くボロボロ に大破。
自分でも カスリ傷だけで よく生きていた。

と、思い。今でも感謝しています
そんな経験者でして 私もスピチュアルに
どっぷりハマりました。
自分の運命や人生に 謎や疑問、知りたいことが
多々あります。

興味のあるブログ内容ばかりで、今後も参考に
させていただきます。
応援致します。












2. Posted by 四季(管理人)   2015年11月25日 10:36
To-yanさん コメントありがとうございます

不思議な体験をしておられるようですね。
面白いですよね、一体どうなっているのでしょう。

手に盛り塩した霊能者さんは、どうしてそれで危険を回避できると知ったのでしょうね?

体験談などまたお話頂けると嬉しいです。

3. Posted by 出之   2016年08月03日 14:07
過去ログからお久しぶりです。
モニタが寿命で、今TVに直結してこれを打っています。

ヒゲ氏の記事、更新されてましたね。

四季様は実存しています、
我々は大我の自問自答だと言い切ってしまえば、
総ては想念の幻影ですが、
現象として認識できる以上、現存と表現して支障ないと思います。

神様ゲームのプレイヤーというこの世の構造を知るとマトリョーシカのような行為ですが、私はけっこうゲームが好きです、「約束された成功体験」とも称されますが。

SLG、戦略ゲームとかはいかがでしょう、歴史上の意思決定の追体験は面白いですよ、もし時間の永劫の狭間で実体験しているのであれば尚愉しめるかもしれません。
4. Posted by 四季(管理人)   2016年08月03日 19:52
出之さん コメントありがとうございます

想念の中で実在している。
そうですね、そうとも言う事は出来ると思います。

我々の意思が実在と認識している事は間違いないですからね。
村井教授の地震予測で小田原、箱根から南関東で巨大地震の警報レベルが最高の5まで引き上げられたとニュースになっています。

次々とこうしたイベントでこの世界を体験しているのでしょうかね?

燃料や食料、水等ライフラインを絶たれてもしばらくしのげるように準備が忙しいです。
こうした備蓄グッズがアイテムとして用意されてなければ我々は人間と言うキャラを活かし続ける事が出来ませんからね。

VR(バーチャルリアリティ)とMR(ミックスドリアリティ)の世界で大いに様々な体験をしてみようと考えています。

とりあえず始めてしまったゲームですから途中リタイアせずにゴールまで辿り着いてみようと奮闘中ですwww

5. Posted by 森羅万象   2017年05月15日 23:06
真実でもあるし嘘でもある。
ここは全てが分けられている。
無知故に真実を欲し有知故に無知を欲する。
自らを分けた私は莫大な数の自分と生き死ぬ。
私は全てを持っている。森羅万象が私。
物も精神も音も感覚も今吐き出した息ですら私。
殺したい私愛したい私、握り潰した私抱きしめた私。
今はこの形でいたいからこの形でいる。
後に飛び降りて死のうとも生きようとも、それは私が望むこと。
全てを持っていても私だけ。
だから私は全ての自らを分けた。
やがてまた全てが1つに戻った時、喜び怒り愛し楽しくなる。
1つ1つを味わうには分けなくてはならない。
それを嫌になり死ぬ私もいれば楽しむ私もいる。
ごめんなさいありがとう。おかえりなさい。
6. Posted by 四季(管理人)   2017年05月16日 10:32
森羅万象さん コメントありがとうございます

あなたの感じるその姿、私も賛同します。
その通りですね。

分割された個では理解できる範囲を超えているのでしょう。
また、何かがあれば、その周囲にもそれを存在させる何かがあるという考えから、元々は一つの周囲には何があるのだろう?という思考形態そのものも個の持つ思考の罠かもしれません。

存在とは?と考え始めた時点で無限ループから抜け出せない。
個の持つ思考の限界点に我々はいるのかもしれません。
7. Posted by 出之   2017年05月22日 10:14
存在非在ってそれだけで既に二元で分割な概念で全なる一とは相容れないですね言葉遊びですが
8. Posted by 四季(管理人)   2017年05月23日 00:04
出之さん コメントありがとうございます

何かを言葉で表現しようとすると、どうしても言葉遊びになってしまいますね。
ここもどうにも逃げ道の無い迷宮の世界ですw

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