2015年02月14日

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人間界は魂の学びの場とよく言われている。

人間の感情として環境が悪ければもっと学びを進化させ、良い環境にしてあげたいと思う心は自然ではないだろうか。

 

年々夏の気温が高くなっている事は観測記録で分かっている。

学校にエアコンが設置され、騒音がひどい所は防音二重サッシで静かになっている。

どうすれば子供たちの学習環境が良くなるのかを皆で考えて対策を講じている。

 

学習の中身も試行錯誤を繰り返しながら行っているが、今の状況が過去に比べてよりよく進化している、というより今の発展した社会に合わせた学習は行われている。

 

では、人間界はどうだろうか。

 

魂が何かを学ぶためと言われているこの世界、生まれる前の記憶を持つ人達がほんの一部では無く世界的に数がかなりあるという事は、単なる妄想で片付ける事は難しいだろう。

 

万年さん(http://ameblo.jp/mannen-shiroto-v2/が紹介してくれた「かずなりさん」のブログの中で彼も生まれる前の記憶を紹介している。

 

〜 一部抜粋 〜

 

白い霧がかかった真っ白な世界です。私自身は白い球体でした。

本当に表現出来ないほど、幸せを感じていました。

 

ですが、ある時、そろそろ人間として生まれなければなりませんでした。

そろそろ行かなければならない、という事が解りました。

神、大いなる存在に呼ばれていました。

 

私は今すごく幸せであったので、

苦しい思いをしたくない為にぎりぎりまで行くのを躊躇っていました。

ですが、近しい仲間達はどんどん生まれて行きます。

もういよいよ行かなければならない状況になったので、仕方なくある場所へ向かいました。

 

私に二つの選択肢が与えられました。

一番目は全てにとって本当に重要な意味を持つ人生でした。

二番目は、もう過去に学んだ事がある、あまり成長を望めない人生でした。

 

どっちが良い悪いという意味ではありません。

目の前がスクリーンになり、それぞれ、大体の人生の内容を見せられました。

 

でも、どう考えても一番目をやらなければならない事は解りました。

今までに私の前に旅だった多くの存在も重要な方を選んでいました。裏切るような事は出来ない。

しかし、こんな事はとてもじゃないが自分にはできないよ、何てことだと思いました。

選択肢もこれがある意味で最後だった為か、ほとんど一つしかなかったのです。

それだけ、やり残していました。

 

私は決心し、一番目をやります、と言いました。

そして、その後の事は覚えていません。

 

〜 抜粋ここまで 〜

 

かずなりさんのブログ

http://ameblo.jp/koukoujidai827/entry-10709102293.html

 

 

流れを見ても今の社会と構図は変わりません。

しなくてはならない事をいやでも選択を迫られ、大変な世界へ突入していくのです。

自ら選択したというより選択させられたという方が正解だが、微妙な感覚です。

 

人間界へ生まれた子供は選択の余地なく学校へ行くことになります。

 

人間社会へ生まれてきた魂は、何を学ぶのでしょうか?

 

何の為に?

 

人間社会は衣食住の環境は発展していると思われます。

しかし、心はどうでしょうか?

 

どんな「心の状態」がいいと思うのでしょうか?

 

様々な過酷な状態を経験し、それを包括した上で「平穏」な状態を保つ?

 

「綺麗な心」を皆素晴らしいと思うのではないでしょうか?

 

「優しくて思いやりのある心」を尊いと思えるのではないですか?

 

競争環境に置かれてしまってはゆとりが無くなり、自分の事だけで精一杯になりやすい。

 

その中で「自分を犠牲にしても思いやり」?

 

世界一幸せな国と言われているブータン、国民調査で97%の人が「幸せ」と言っているという事で話題になりました。

 

その調査方法、「とても幸せ」「幸せ」「あまり幸せでない」この三択。

 

「ふつう」だと思う人は「幸せ」を選択するしかないという誘導では?

 

デンマークは消費税が25%もあるが、非常に安定していて幸福度が高いと言われていたが、ドイツの安い食品を国民が購入するようになり、崩れてきているとか。。。

 

今、日本はテレビなどで盛んに、本当に気持ちが悪い位日本の文化と日本人の気質を褒めちぎる番組があり、今まではそんな事触れもしなかった番組まで番組中で取り上げるようになり本当に違和感違和感不快感。

 

確かに素敵な日本人や日本文化はある。

あるのだが、どのチャンネルを回してもこんな番組ばかりでは気味が悪い。

 

東京オリンピックに向けて外人旅行者が増えている為、日本人が忘れていた文化や気質を思い出してほしいという意図も理解はできる。

 

大義名分はあるだろうが、アベノミクスで日本の経済を復活させる?

 

三本目の矢が放たれ、現在着々と効果が出ている?

 

そう思っているのはほんの一部の人だけだと思うのだが。。。

 

テレビやメディア、国民に影響力のある情報発信側は

 

「日本経済は復活している」

「日本人の心は素晴らしい」

「日本の文化はおもてなしの心」

「日本は素晴らしい」

 

これは<大本営発表>となんら変わらないのでは?

 

「大本営発表、沖縄にて神風特攻隊 ”戦果大なり!”」

 

「日本国民は戦場で命を懸けて日本を守る兵隊さんの為に鉄や労働力を差し出しなさい」

 

「大日本帝国の方針に異を唱える者は”非国民”である」

 

・・・

 

戦国時代も同じように思える。

 

今の日本でも構図はあまり変わっていないように思えるのだが。。。

 

エアコンの無い時代は「うちわ」、鉄砲の無い時代は「刀」、使う道具が変化しているだけで社会は複雑怪奇に変化している。進化とは思いたくないのは私だけであろうか。

 

しかし人は「清らかな心」「思いやりの心」等の美談は大好きである。

 

田園風景が広がる田舎でゆっくりと暮らしている人もいる。

 

心は穏やかで優しい人も多い。

 

しかしそこへTPPという競争の環境を持ち込んで、穏やかな農家の人たちも巻き込まれて行く。

 

こうした社会の現状を今人間として見て実感して感じる事は、こうした環境の中で魂は何を学べと言っているのだろうか?と大きく疑問を感じている。

 

一人一人の環境で人生で起こる事に対して「運命」とか「予定されていた事」だとか「試練」だとか言うのはとても簡単だ。

 

しかし人間界で起こりうる大半の事に共通する事は「何の為?」ではないだろうか?

 

ここを明確に説明できる人に出会った事は無い。

 

かずなりさんもブログの中で言っているのは「とても幸せであったが、生まれ変わらなければならないと感じた」という義務感だ。

 

幸せを感じていた魂が、もうその環境が普通の状態になってしまい「飽きた」ので、何か刺激を求めて人間へ転生、という流れならまだなんとなく理解できないでもない。

 

私自身もそうではないだろうかと思っていた。

 

しかし違う人がいるのだ。

 

これが真実かどうかというと真実とは?という定義の問題から話が展開していってしまうので「こう感じた人がいる」というレベルで思っていてほしい。

 

今も日本は「大本営発表」の中にいるのでは?

 

と日々疑問はつづく。。。



 

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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2015年02月14日 20:10
四季さん

かずなりさんのブログはちょっと拝見しましたが、話が出来すぎというか、全てではないでしょうが、ちょっと創作が入っているような気がしますw

まあ、今も昔もずっと日本はギリギリのところでしのいでいますね。おそらく世界も同じでしょう。
「運命」や「試練」は後付けであって、つまり変化しなければ死を意味します。
生きると言うことが正義なら、安定は悪なんですよね、この世界。
そういう世界に住んでいるんだからしょうがないですw

アベノミクス・TPPもそうですけど、あらゆる変化を受け入れ適応出来て、次に発展させられる人(国)が生き残れます。
そして、適度に変化を求める魂、そういう魂が選ばれてしかるべき場所に転生するような気がします。
2. Posted by 四季(管理人)   2015年02月15日 23:45
>無人くん

やはりしかるべき場所へしかるべき魂が、という事でしょうかね。
常に魂は修行の場として厳しい理不尽な社会へ放り込まれるという立ち位置なのでしょうかね?
今の社会「多様性」が尊重され、個性が尊重されている中で生活していると、魂の世界の頂点にいるとされる神の「一意」な思考にそって魂が変な環境へ放り込まれるという事が現実だと考えると納得は難しいように思えてしまいます。
考え過ぎな個性も困ったものですね(笑
3. Posted by 無人くん   2015年02月16日 09:08
四季さん

>常に魂は修行の場として厳しい理不尽な社会へ放り込まれるという立ち位置なのでしょうかね?

理不尽かどうかは個人の主観だと思います。
逆にチャンスと捉える人もいるはずです。私はそういうタイプの人間ですね
暇なときに家でゴロゴロしている・・・・
そういう人には向かない世の中になっているのかも知れませんw

>今の社会「多様性」が尊重され、個性が尊重されている中で生活していると、魂の世界の頂点にいるとされる神の「一意」な思考にそって魂が変な環境へ放り込まれる・・・

神の意志で現世に送られているのであれば、おそらく希望者なのだと思います。
たとえばニートに無理矢理仕事をさせても良い成果は期待できませんよねw
魂にも色々な源流があるでしょうから何が正しいとは言えませんけど・・・
色々な源流があるから世界は混沌としているのかも知れませんね

4. Posted by 四季(管理人)   2015年02月16日 13:10
>無人くん

>理不尽かどうかは個人の主観

ここ数日「永遠のゼロ」という特攻の時代のドラマを見ていて思ったのです。
「特攻は志願制」といいつつ行かなければならない状況に追い込まれ、死を強制された当時の若者たち、ここにはチャンスはありません。

このドラマを見ていて思い出したのですが、すぐ激高して部下を殴り倒し上官に逆らえば軍法会議で死刑となる、この絶対逃げられない状況で自分の意見とはまるで違う事を強要される状況。

私の中に突然湧き上がる「この野郎!」という感情。
この湧き上がってきた感情を自分自身で冷静に見て、もしかしたら私自身もこの環境に前世でいたのかもしれないとずっと昔から思っています。

子供の頃からゼロ戦の模型を作り、大人になってからはゼロ戦のラジコンを飛ばしていました。
靖国神社へも何度もお参りし、記念館も何度も見に行き、当時の若者の写真を何時間も見続けていました。昭和19年、もしかしたらここで前世は終わっていたのかも。

そんな思いから、なぜこのような経験をする必要があるのかと疑問はなくなりません。

現代の価値観で考えると、当時の理不尽だと思えた事はほんの少ししか理解できないのではないでしょうか?
もし前世が本当にあり、思い出せるのであればどうしても思い出してみたい。
そしてその理由を少しでも解明できたらと思っています。

5. Posted by 無人くん   2015年02月16日 13:44
四季さん

四季さんの場合、前世での解消されない感情がカルマとして残っているのかも知れませんね
もしカルマだとすると現世でも何らかの似たような状況に出くわすと思いますが、思い当たる節はないですか?

他に考えられるのは「想念の放送局」ですね
集団意識を特定の感情にもっていき、非物質存在がエネルギーを吸収するような仕組みがあるようです。マスメディアからのコンテンツによくあるらしいですよ。

もし、突発的にそういった感情になるのなら後者でしょう。慢性的なら前者かなと思います。
TVとか一方的に伝えるマスメディアは大抵刷り込みが入りますので、最小限にした方が良いと思います。
6. Posted by 四季(管理人)   2015年02月16日 17:24
>無人くん

>思い当たる節はないですか?

常にありますよ。
以前もお話しました独立系の事、組織で上からの命令を極端に嫌う傾向は通ずるものがあるように感じています。

もしこれがカルマだとして、これを解消?するという事は、上からの理不尽な命令にも何とも思わず従える精神状態になるイコール羊となる事なのでしょうかね?
こうした事に一体何の意味があるのか?

理不尽な思いをさせられたとした前世、それを理不尽と思わなくするための今世だとすると、霊界その物も理不尽な事を要求してくる仕組みという事に繋がるように思えます。

ゼロ戦に関しては子供(小学校低学年)の頃からの興味なので、メディアからの刷り込みは多分関係は無いように思います。

7. Posted by 無人くん   2015年02月16日 20:02
>もしこれがカルマだとして、これを解消?するという事は、上からの理不尽な命令にも何とも思わず従える精神状態になるイコール羊となる事なのでしょうかね?

自分にも似たところがあるのでよく分かります。
まず、感情で反応しないことが重要でしょう。
感情で反応することで、似たような状況をまた「引き寄せ」ることになります。
それが蓄積され、カルマを増長することに・・・なるんでしょうね

私の場合、会社に勤めていた頃は、一癖も二癖もある上司が多かったので、ひたすら感情面においてスルー耐性を貫いていて、「おまえはいくら怒っても冷静だな」とよく上司から言われていましたw
ただ、それは羊とは違うと思います。
従うことは従うけど、言うべきことは言う。
そこにネガティブな感情は入れない(これが難しいんですがw)。
理不尽な命令を利用して、その許容範囲内で自分のやりたい方法でやっていたりもしました。
嫌なことを好きなことに置き換えていたんですね
そうやって、しばらくすると自然に嫌な上司とも打ち解けるようになりましたね。

子供時代から本能的にやっていたような気がします。
小学校低学年の頃、転校してしばらく虐められたり喧嘩したりしましたが、卒業するころは何故か虐めていた子と仲が良かったですしね。
今までの人生で会った人で本当に嫌いな人は2〜3人くらいしかいないですね

参考になるか分かりませんが、とりあえず参考まで・・・
8. Posted by 四季(管理人)   2015年02月17日 02:06
>無人くん

カルマだとしてその乗り越え方は現代の価値観と環境ではその通りですね。

しかし、第二次大戦末期の特攻のように「死」しか選択肢の無い状態、更にほぼ強制的に選択させられるという狂気の世界、各々の若者は自分の理不尽な環境を美化し、お国の為家族を守る為と言い聞かせ、正気を保っていたのではないでしょうか。

肉体としての意識での最終地点は「肉体の死」です。ここを考え方で乗り越えるとしたらどうしても霊界の存在を持ち出し、あれこれ理由のつじつまを合せなくてはなりません。

肉体としての死を回避する為という範囲であればチャンス等という言葉が活躍できると思いますが、当時は理不尽を抱えたまま解決できない状況のまま敵艦へ突っ込んでいった狂気の世界でした。

一人の個としての意識の出発から終点までの間で経験するという期間限定で考えると、どう考えても適切な説明は不可能でしょう。

これが霊界、魂の「修行」等という説明が出現する理由の一つにもなっているように思えます。

しかし魂レベルで考えた時も、「なぜそれが必要か?」という説明を付けようとすると、様々な方面で矛盾に突き当たる事になります。
こうした矛盾の紐解きを長年繰り返してきても「修行」という考え方は無理があるように思えます。

9. Posted by 四季(管理人)   2015年02月17日 02:07
上のつづき。。。

カルマという考え方も解消「すべき」事でも無いように感じるし、根底にはもっと自由があるように思えて仕方ありません。

だから霊界や魂、カルマの解消、修行等という言葉に惑わされないで、現実の人間社会を直視したほうがいいように思えているのです。
もし、人間界より霊界の方が「帰る場所」であり「主」な世界であるという考えが広がれば人間社会は荒廃し尊重もされなくなるでしょう。

霊界からの影響力はさほど無い。
チャネリングや霊能者への霊界からの呼びかけは、人間をコントロールし、何か霊界の利益になる事が有るのでしょう。まだ人間が気が付いていないだけかもしれません。
想念の世界の生命体のエネルギーはもしかしたら人間からの「尊敬の念」というエネルギーかもしれないし、破壊的な「怒り」等の「念」かもしれません。

まだまだ、あらゆる仮説を立てながら探求してみたいと思います。
10. Posted by 無人くん   2015年02月17日 07:13
>カルマという考え方も解消「すべき」事でも無いように感じるし、根底にはもっと自由があるように思えて仕方ありません。

そうですね、個人の自由だと思います。
四季さんがそう思っているのであれば尊重します。
私は自身の経験でカルマを解消したほうが自分のやりたいことに集中できると思っていますが、選択方法は人それぞれですから、何が正しいということはないでしょうね
11. Posted by 万年   2015年02月21日 22:13
>想念の世界の生命体のエネルギーは
>もしかしたら人間からの「尊敬の念」というエネルギーかもしれないし、
>破壊的な「怒り」等の「念」かもしれません。

正解だと思います。
その存在を意識して、思うことが
エネルギーの維持に繋がっているのかもしれません。
どのような形で意識を向けるのかは別にして・・・。
12. Posted by 四季(管理人)   2015年02月21日 23:47
>万年さん

やはり人間の想念が霊界にエネルギーを与えているという考えの方が無理が無いですよね。
そして想念のエネルギー体も人間が個々に考えを持つように個別の考えを持ち、というより人間として生きていた時の思考が元になり、その考えが個々の理想に向けて発展した形が「神」という存在のように思え、その思考を人間へメッセージとして送っているように思えます。

結果霊能者と言われる人たちはそうした霊的な存在からのメッセージを受け取る為、霊界はこうなっているという考えを持ちそれが人間界へフィードバックされて今に至るような気がします。

こうした考えを証明する事は出来ないでしょう。
更に神棚に向かって手を合わせ感謝するという人間の精神状態がどのように各方面へ作用するのか等メカニズム的な事が未解明のままですので、今後もこれまでの先人たちのように偏りすぎないで探索していく事が重要だろうと感じています。

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