2015年01月11日

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浮気という行ってはならないとされる行為。

江戸時代の日本人は性に対して物凄くおおらかであったと記録されている。
昔の価値観だから、と言われるとその通りであろう。

やってはいけない行為。
しかしネットの相談コーナーには浮気に関する相談が溢れている。
浮気を専門とする探偵業も成り立っているほどその数は多い。

誰も浮気を表立って肯定する人はいない、、、
ん?いや「浮気は文化である」とか言った人もいたか。。。

まあそれはごく一部だとして一般的には肯定されないし法律というルールでも罪とされている。

しかし様々な状況の流れから浮気に発展してしまう事はある。
そして悩む。

悩むのだがやめられないという人もいる。
そしてばれて泥沼に。。。
子供がいれば巻き込まれてと批判しようとするポイントは事欠かない。

しかし、この浮気を肯定する霊能者もいる。
視点を変えてみると、まるで違う考え方が出来てしまう。

では霊界視点で見てみる事にする。

人間社会とは魂が様々な事を経験する為にある。
戦争など悲惨な事を知っているからこそ平和という事が大切だと思える。
幸せを実感する為には不幸な出来事の存在が必要となる。

こうした極論的な考え方からすると人間として経験する為のアトラクションという考え方も出来てしまう。

もっと個人に近づいて考えてみる。

霊界の事を色々調べてみると、輪廻転生で何度も人間に生まれ変わっているとされている。
前世で縁があったが一緒になれなかった男女が生まれ変わって一緒になろうと堅い約束の後、、、というドラマがありそう。

そして生まれ変わると前世の事は忘れているが、何かしらの感覚は覚えている。
だから職業もなんとなく前世と同じような事をしている人が多いとか。

前世で約束した相手に出会えなくても毎日の中で素敵な相手と意気投合する事もある。
そしてそのまま結婚。

年月が流れたある日、もしかして前世で約束した相手に出会う事もあるかもしれない。
その瞬間、理由などなくその相手が頭から離れないという事もあるかもしれない。

そして自然な流れで愛し合う事になる事もあるだろう。
結果、善悪感情としては浮気という「悪い事」になるのかもしれない。
法的にも罪だ。

しかし、男女の感情は法律では消すことは出来ない。
理性では分かっていても感情がそれを上回る事は十分にあるであろう。

互いを愛し合うというこの感情とは一体どういったものであろう。
理屈抜きに感覚としては幸福感である。
この幸福感を得られるためなら何でもする。
人間の感情とはこうした部分も持ち合わせるであろう。

昔の社会では「忍ぶも愛」という言葉もあるように、愛という定義は広い。
それでも忍ばずに「駆け落ち」という行動もあった。

幸福感情を実感したために人間社会的な苦しい生活を強いられたりもした。
逆に人間社会的に周囲を納得させる政略結婚等で虚しい生活を強いられる事もあった。

愛というテーマの為にこうしたあらゆる障害が存在することもあり、こうした障害を乗り越えれば乗り越えるほど絆も深くなるという効果もある。

霊界視点で見た時、なんとも多様で挑戦しがいのあるアトラクションではないだろうか。

こうした霊界的な視点で見た時、浮気という概念はとても重要な経験という考え方も出来る。
などなど考えると、何が何でも浮気はダメよ〜ダメダメと否定も出来ない?

ではやってもいいのか?
いや〜それもいいとは言えない。
でも感情が爆発?

実際の所、浮気相手と結婚して上手く行ったという話は少ないのではないだろうか?
何かしら相性が合わず、離婚した後に出会った人と再婚して「運命の人」と思えるという事もある。

表立って世の中に出てくる話は、結局浮気して再婚しても上手く行かないという流れが話題性としてうけるので多いのでは?とも思える。

浮気後結婚して円満な状態の夫婦からはなかなか話は出てこないと思う。

こうした話は最終的に白黒はっきりと決着がつくと安心できる。
しかし、それぞれ浮気でもその内情が違うので一概に言えないほど幅は広い。

自分自身も過去にお付き合いした女性、実は前世で夫婦であったと思われる事もある。
その時の私の父は、現世では祖父であった。
など、今現在縁のある人は前世でも縁のあった人という可能性は非常に高い。

「縁」があるという事は、縁なのでこれがまた不思議な点でもある。

出会いは衝撃的で運命の人と思い、数十年暮らした後価値観が変化し離婚している夫婦もいる。
美女と野獣という不思議なカップルもいる。

なにかしらの「縁」なのだ。

やはり霊界の事情を重ねて人間社会を見て、起きている現象を説明しようとしても矛盾が基礎となって成り立っているのであとは「解釈」だけなのだ。

解釈のしかたで悪にも善にもなってしまう。

激しい感情に見舞われても時間が経過すると、そのエネルギーは低下して「いい思い出」となる事もある。

浮気と言う人間社会的に認められない行動だが、感情は抑えきれない時、どうすればいいのか?
これまで書いて来たように「正しい回答」は無い。
全ては自分の「解釈と判断」とう事になるであろう。

霊界的にもしかして前世で浮気をされてひどい目にあった経験があり、自分をひどい目に遭わせた相手が現世で自分の浮気相手のパートナーかもしれない。
どうにもややこしい話だが、これでは単なる復讐であり「愛」がテーマの行動とは一味違う。
また、生まれ変わる前にこの浮気相手のパートナーとの打ち合わせで、「今度は私が浮気をされる番よ!よろしくね」という打合せがあったか?

結局魂のレベルで「愛憎劇」を楽しんでいるだけでは?
因果応報とも違い、打合せ済みの行動という事になると、どこかの劇場で上映されている映画のワンシーンという感じだろうか。

では人間社会だけの視点で全てを解釈し判断すればいいではないか、という考えもある。

しかしこう考えるには霊界からの影響として不思議な現象が人間社会に起こりすぎており、今現在の人間も霊界の事への理解が進んでいるという現実もある。

だからこうしたブログもあるわけで、まだどこまで霊界の理解が進んだのかさえ分からない状態では手探りで進むしかない。

結果浮気でも「思い悩む」事があってもその結果人間を放棄し霊界へ帰ってしまうとう選択はつまらないと表現した方がいいのか、まずい事と捉えればいいのか断言できない。

それでも今、霊能者と呼ばれる人たちが多く言っている事は、

「命を終えるときこの世に未練を残すと、その感情のまま魂になる」
「成仏できず、その時の感情のまま永遠にさまよう事になる」
「だから霊界へ帰る時には、天寿を全うし未練を残さない事だ」

と。

今回の内容は、ふと思いついて書き始めた。
きっと誰かこの内容を必要としている人に読んでもらうために私が依頼されたのではないだろうか。

人生を真剣に悩めば悩むほどリアリティが高まり素晴らしい世界になる。
しかし一人で悩み過ぎて、人間社会から離脱しないで天寿を全うしてほしい。

そんなことを思いながら今回はメッセージ色の強い内容になってしまったが
最後までお付き合いいただきありがとう。




本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

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(16:50)

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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2015年01月12日 16:43
四季さんへ

今年もよろしくお願いいたします。

浮気の原因のひとつとして、昨今の自由恋愛にあると思います。
容姿の好みを優先する傾向にあり、動物的本能(つまり性欲w)で相手を求めている人が多いです。美人も三日みれは飽きるというように、そういう関係はすぐ飽きてしまい、他の異性に目移りしてしまいます。
つまり本質的な部分で選んでいないからだと思います。

一昔前はお見合い結婚が一般的でしたが、この古典的な制度をもうちょっと再評価しても良いかなという気がします。
「引き寄せ」の観点で改めて考えると、仲介人に選んでもらい自分のエゴ(動物的欲求)をカットすることで、無意識層の望む相手を引き寄せ易いんじゃないかと思います。

仮に理想の相手を見つけたとしても、異なる個性ですから長いこと連れ添っていくうちに段々すれ違ってきて、最終的に離婚というのは良くある話ですし、それぞれの内面の深い部分でわかり合っている人達は、もはや結婚にはこだわらないような気がします。

まあ、結婚という制度そのものが人間社会を成り立たせるのに都合が良いだけで、実情にはそぐわないのかも知れませんね







2. Posted by 四季(管理人)   2015年01月13日 18:51
まあどの国でも昔から「不義密通」という事が問題とされているので、あったのでしょうね。
どのような事でも障害があると、その先にある物に魅力を感じてしまう。
アイドルもその一種でしょうかね。

何かプレミアムが付くもの、隣のお姉さんより制服姿が似合うお姉さん?(笑

肉体的な特徴として、とにかく子孫繁栄という本能がDNAに組み込まれているので、雄は雌を見ると発情する、人間の場合常に発情期(笑)という事で、チャンスさえあればと皆さん常に心のどこかで思っているのでしょうか。

こうした表現の仕方をすると、精神的な充足感とか素敵な恋愛感情とか精神的な部分が色あせてしまいます。

この相反すると思われる精神と本能のせめぎあいもまた臨場感として場を盛り上げる原動力になっているようにも思えます。

同じ「食事をとる」という行為でも、空腹を満たすためにガツガツ食べる、楽しい仲間と会話して楽しい時間を過ごすという目的の為に食事の場を利用するもあるし、緊張のデートでは食事が付き物でしょう。

霊界を長い事探求してきた結果、人が決めた価値観に乗るという事で楽しませてもらえる事もあればうっとおしい事もあり、これら障害もしくはハードル的な存在も以前ほど価値観を見いだせない状況に今は在ります。

辿り着いた所が「好きにすれば?」という感覚に徐々に支配されつつ、私を巻き込まないでね、という冷めた状態になりながらも、もしかしたら人を私の価値観に巻き込んでいるカモしれません。

どちらにせよリラックス出来ている状態なので、今を楽しむように心がけています。

こちらこそ、今年もよろしくお願いします。

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