2014年11月21日

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神の意思という言葉をよく聞くのだが、こうした表現が混乱を生む原因なのかもしれない。

数十億年前から活動する微生物の活動が生命体を作り続けている。

その結果出来上がってきたのが人間なのだが、「神の意思」という言い方をすると、人類が誕生する、いや微生物が誕生する以前から「神」という何か特定の「意思」を持った存在が「意図的に」作り出したという印象を受ける。

地球上の微生物の活動を見てみると、それは大自然の法則の中で営まれてきた活動である。

何故微生物が発生して「活動」するのか?

ここは様々な仮説があるが、断定できないだろう。

まずはこの映像で微生物の成り立ちを見て頂きたい。

 
気の遠くなる時間をかけて無作為に変化し、環境に適合した生命体だけが生き残っている。

映像の中でも言われている「地球の磁気が強まって出来たバンアレン帯」が出来なければ、方向性も違っていただろう。

今の形を理想とするのであれば、これまでの過程で何一つ欠けても今の人間の形にはならなかったであろう。

こうした地球の長い歴史の中で大自然の法則に沿って生命体が生まれてきて、地域、環境に応じて多様な生命体の分岐が起こり、その中の一種類が人間である。

現在判明しているこの大自然の歴史の結果の人間は、一晩でいきなり生まれる事はあり得ないと思うのは間違いなのだろうか?

「神は人間を一晩で作られた」。。。

いや、それはちょっと。。。

先日、万年さんのチャネリングブログで「エボラウイルス」にも全体の意識体があるとチャネリングの爺さんが言っていた。

意識体と言うか、これも自然の法則で動いているのでその 動きが法則により動いている姿が意識を持っているように「見えるだけ」なのでは?と考えるのが無理が無さそうに思える。

自然に逆らって防波堤を作ったり、せき止めたりしても長い年月で風化したり朽ちていく、こうした自然の動きにはやはり一時的には対抗できても逆らいきれるものでは無い。

文明を追いつつも自然と共に生きていかなければやはり環境に適合できず大自然に滅ぼされてしまうのだろう。

では、そうした人間の営みに「霊界」という存在が実際に有るとして、どう関わってくるのか?

リンゴが木から落ちるのは当たり前、しかし落ちるのには理由が有る。

当たり前と思っている事にも根拠はしっかりある。

引力があり引っ張られているからという今の世界では当たり前の理由だ。

こうした自然界に存在する根拠はまだ全て解明されていない。

誰かと出会って結婚する、偶然と思えるような不思議な出来事の連続で重要な人と出会い大事業を成し遂げる、こうした不思議と思われることに「意味がある」と思いたいのが人間。

またそうであって欲しいと思う事により「夢がある」ように感じてしまうかもしれない。

ある霊能者は、この人間社会はバーチャルであると言っていた。

霊界の魂の存在が主でバーチャルである人間界を体験しているに過ぎない、だから人間界で起こる事に振り回されては本来人間になった目的を果たすことが出来ないと。

そしてその本来の目的とは、カルマを解消する事だと言っていた。

しかしカルマとは人間として生きている時に抱え込んでしまった「業」である。

人間をやればやるほど業が増えるか、解消できても新たな業を抱え込む事もある。

しかしこれは大きな矛盾がある。

最初に人間として生まれたという段階では、最初なのでカルマは持っていない。

では何のために生まれたのか?

もう論理が破綻してしまう。

では物理的世界を体験する為としたら?

そんなに人間社会が面白そうに見える?

そう何度も生まれてきたいと思える?

未発達の地域で環境が悪く、生まれても栄養失調等で1年位しか寿命が無い環境の何を体験したい?

何かのマニア?

実体のない魂が、肉体という乗り物に乗って、最新のシュミレーションゲームの機械に入り込みバーチャルの世界で楽しむ。

こう見ると、現実社会では在りえない世界を体験することが人間は好きである。

空想世界を体験する、読書、マンガ、映画、舞台、ゲーム、やはり人間は疑似体験が大好きだ。

これまでこのブログでも追い続けている時、やはり霊界が存在するとして魂という存在は疑似体験が好きだから物理的人間に入り込んで体験しているのだろうという所へ何度も辿り着いた。

しかし、大自然の法則という事をもう少し尊重して考えてみると、40億年以上前の世界でも誰に命令されるでもなく活動していた微生物に意思は無いと思われる。

自分をなぜ自分と認識できているのか?

意識とは一体どういった存在なのか?

ハイヤーセルフと言われる魂の集合体は果たして人間の魂という存在だけの集まりなのか?

ハイヤーセルフも大自然の法則に従って存在しており、もしかしたらそこに記憶されたこれまでの人間の経験が混ざった一部がまた人間ど同期して一緒に人生を体験する形になって行ったのだろうか。

しかし複雑に進化?変化?してきた人間の意思はもっと高度に「思考」するので、単純に自然の法則として捉える事が難しくなっているようにも思える。

一時的に大自然に逆らえても、最終的には自然に呑み込まれて行く。

もし人類がいなくなったらその後はどうなる?といったかなりリアリティなシュミレーションがある。

こうした映像を見ていると、自然の働きの規模の大きさが良く分かる。

もし霊界からの何かしらの「意思」が働いて現実の世界で生きている人間に影響を及ぼすことがあるとしたら?

もしかしたらそれも自然な流れなのかもしれない。

職場で「明日からもう来なくていい」と言われても、それは自然の流れかもしれない。

彼女に「もう会いたくない」と言われても自然の流れかも。

全ての事象に明確な理由を見つけるのは難しい。

複雑な社会になってしまった今、人間はこのひとつひとつの事象に振り回され過ぎている。

魂がバーチャルの世界として見る「現実の肉体の世界」で様々体験したいと思う事、厳しい事も楽しい事も望んで体験しているかもしれない。

また、更に厳しい環境を望んでいるかもしれない。

結果、「まさか、こんな時に!」という状況に最悪な事が重なるといった現象が現れるかもしれない。

自分という存在を自分が認識している状況で自分以外の何かに管理されているという事は考えにくい。

協力してくれる、又は応援してくれる存在、もしかして敵対してくれる存在も仲間で予定通りかもしれない。

勝利の美酒を味わうためには戦う相手が必要である。

日本においては戦国時代に領土を広げて権力を誇示する為には他の領土を持つ敵が必要である。

現代のスポーツに置いてはライバルという相手だが、戦国時代では殺し合いの相手だ。

ビジネスの世界では自分、自社の生き残りをかけての戦いだからストレスとなる相手がいてこその成長だろう。

以前も書いたが、ストレスも無く食事も時間も何もかも全て在ったら、人間は何もしなくなる。

ただそこに「ある」だけとなってしまう。

しかし、それでも人間は自動的に食べ物がお金が自分の所に入ってくる仕組みを作ろうとしている。

やはり微生物が、何も考えず目の前の食べ物を食べて消化するという本質は変わらないのだ。

それでもストレスは在り過ぎると嫌なものである。。。

魂目線ではどう映っているのだろうか?

人類のステージが次々クリアされて行き、難易度が増してきている。

難易度が増すと、途中で「ライフポイント」が無くなって死んでしまう。

仕方がないので、コンティニュー(生まれる)してゲーム再開。

生まれたばかりなので教育や体力、資産等のアイテムが無いからそこを集める所からやり直しだ。

しかし難易度が上がり過ぎるとつまらなくなってしまう。

途中でゲームに飽きてやめてしまうかもしれない。

あまりゲームをしたことのない魂にサポーターとしてついているかもしれない。

人間社会の問題や出来事も、もしかしたらゲームかも?と思えると気楽になってくるのだが、気楽になり過ぎると今度は「いいかげん」なやり方になり、雑な社会が出来てくるとそれはそれでつまらない。

真剣に楽しむのがこの社会の一番の楽しみ方か。

と思えるには悲惨な事件や厳しすぎる社会というのも考え物だが、そのステージに挑戦している魂だと思えばそれはそれでレベルの高いチャレンジャーではないか?

人間社会、霊界、どっちがメイン会場なのだろうか?

大自然の法則の中で動いているだけで、どちらでも無いというのが正解なのだろうか?

それとも3種の存在が混在しているという事も考えられる。

もう少しこの辺りが判明して、自分がどのステージでいるのか位が判明すると活力の湧き方も変化してくると思えるのだ。


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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2014年11月22日 19:51
こんにちは
また壮大な話ですねw

「原因があれば、結果があり、
そこに何らかの意図が働けばカルマが発生する」

これはカルマの定義です。
意図が働くということは思考を持っていることが条件ですから、人間以上の意識を持つ存在が該当します。

つまり、宇宙自体も何らかのカルマにより作られたのではないかと思います。

そのカルマの確認(あるいは解消?)のため、生物が生息できる惑星、知能の高い生命体が、生み出されたのではないかと考えています。
我々が生きている環境を偶然に作り上げる確率がいかほどのものかを考えると、必然という選択項しかなくなるんじゃないかと思います。その結論として、宇宙が意識を持つことを前提としたカルマ原因説を支持しています。

>霊界の魂の存在が主でバーチャルである人間界を体験しているに過ぎない、だから人間界で起こる事に振り回されては本来人間になった目的を果たすことが出来ないと。

そしてその本来の目的とは、カルマを解消する事だと言っていた。

ここでいう本来の目的というのは、結果論かも知れません
人間本来の機能は、霊体・肉体がフルで働く事により、カルマは現世で解消されたはずですが、
何らかの原因で肉体のみの機能になってしまったため、需要と供給のバランスが崩れ、霊体にカルマを溜め込むようになってしまったと考えられます。
この原因について精神世界では「宇宙人のDNA操作説」が有名ですねw
正確にいうと、本来の目的とは現世で発生したカルマを現世で解消すること、つまり「引き寄せ」なのだと思います。
そして今、「引き寄せ」が流行っている・・・面白いですね



2. Posted by 無人くん   2014年11月22日 19:52
文字制限で切られてしまいました。続きですw

>最初に人間として生まれたという段階では、最初なのでカルマは持っていない。

カルマ原因説でみると最初の人もカルマは持っているとなります。
最初の人間のカルマは、とりあえず「個体(人間)として経験したい」ですかねw
宇宙意識のカルマとしてプログラミングされて、継承されたと考えることが出来ます。
ひょっとしたら微生物の頃から、そういった意識をすり込まれているのかも知れません

以上の考え方は全てカルマで説明できるので大変便利ではありますが、カルマの側面でしか説明していないので不完全です。宇宙の複雑性を考えると答えは1つだけではなく、多面的な答えがあると思います。
それをどれだけ揃えられるかがテーマですね


3. Posted by 四季(管理人)5    2014年11月22日 20:16
無人くんコメントありがとうございます

考えを深めれば深めるほど壮大な世界へ迷い込んでしまい今に至ります(笑

結果なんとなくですが、この太古の昔からの流れを考えてみて今現在の人間社会がどう変化していくかも予測は難しい事でしょう。

圧倒的に短い間氷期にだけ栄えているこの社会も、氷河期に突入したら激変せざるを得ないと思います。

長い氷河期でほとんど死に絶え、また新たな間氷期が来て、と考えるか、氷河期のような環境に対応した新人類かもしくは別の種族が主導権を握る可能性も考えられます。

ここまで深く考えた上で、辿り着いたのがやはり人間と言う生物は霊界という世界があるとして単なる体験用の乗り物でしかないのではないかと。

だから次に新人類が出現しても他の種族が主導権を握っても、そこへ乗り込み新たな体験を楽しむのではないか。

かといって、だから今の人間としての生命の感覚を軽視していいかげんに物事を済ませてしまえばリアリティのある真剣な体験は出来ない。

だから生命に期限を設け、維持するのに労力が必要でメンテナンスをしっかり行わないとレースを楽しめないという仕組みだと感じています。

これも多面的な捉え方の一つの側面でしょう。

よく地球は他の惑星に比べて一番厳しい環境だと言われたりしているようですが、難しいゲームほどクリアした時の達成感が大きいという事も言われています。裏を返すと厳しい現状を慰める為の考え方とも取れる所が難しい所です。

どちらにしても意識だけで存在している何かがあると言う事は分かってきたような気がします。

それがどういったものか、この検証もまだまだ続きそうです(^^)

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