2014年11月15日

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人生の意味と前世の記憶

人生に一体どのような意味があるのだろうか?
相対的に見て人生は厳しい事ばかりでちっとも良い事がないではないか!
こうした声が聞こえてきそうである。

自分の人生の主役として「生きていて」感じる事。

なぜ生きていると感じるのか?
なぜ自分の人生をよりよくしたいと思ったりするのか?
なぜ人に親切にして感謝されると「嬉しい」かったりするのか?

なぜ「運命」というような何かつかみきれない事を信じてしまったりするのか?
なぜ「赤い糸」という運命の相手と思えるような人と感じる事が出来るのか?

まだまだ疑問や理解できない事が山のようにあるスピリチュアルの世界。

私の同級生で、小学校の入学式の帰り道に交通事故で亡くなってしまった子がいる。
子供心にとても悲しいと思ったし、それから何年か経過してもその子が眠っているというお寺の前を通るたびにその子の事を思い出していた。あれから40年以上たつのに未だに思い出してしまう。

理不尽。。。

これ以外思いつかないし、何のために生まれてきたのか?とか色々な事を考えさせられてきた。

本当に輪廻転生があり、生まれ変わり、新しい人生を生きていくとしたら小学校の入学式の帰り道、あの子の両親やじいちゃん、ばあちゃん、親戚一同に深い悲しみを味あわせてしまったあの事故に一体何の意味があるのか?

いくら考えても答えは見つからない。

もう50を過ぎたおっさんがYoutubeへ投稿された若者の動画を見て感動してストレートに涙が流れてきてしまった。
この動画のストーリーに何かヒントがありそうだ。

2本合せて17分位で投稿されたこの動画をくつろいで見て頂きたい。
何か感じる事があれば幸いである。
 




さて、いかがであっただろうか?

ここ最近ずっと疑問に思っていた事がある。

それはなぜ最近、霊界のネタばらしのような事が行われているのだろうか?と。

一般的なこれまでの現実社会で起こりうる事件や出来事等、もしかして大方出尽くし感があるように感じる。

そして現実社会で慣れてきてしまった出来事のバージョンが進化したと考える事は出来ないだろうか?

魂と言う存在が実際にあるとしたら、これが言われているように輪廻転生して何度も人生を味わっているとしたら。

なぜ魂という存在が「ある」のか?、この部分の答えにはまだ辿り着けそうにない。

辿り着けそうにない問題で引っかかっていないで、解決出来そうな事を少し掘り下げてみよう。

やはり、何か「感動したい」という欲求を魂は持っている?

先の展開を知っていたら「驚く」事は無い。

失敗するという出来事も無くなるだろう。

失敗という現象が無ければ、成功という現象も無くなる。

事故や事件、戦争等が無くなれば平和という言葉も消える。

生まれると言う事が無くなれば死ぬという感覚も消える。

感動したいという欲求がなくなればもしかしたら現実社会も消えてなくなるかもしれない。

大きく上下に揺れていた波が徐々に振れ幅が小さくなり最後は----------ツー・・・・

過去に体験した事を記録したデータだけがそこにある」だけ。

しかし大自然の法則の中では、惑星は引力とバランスを取りながら大きな惑星の周回軌道を回っている。

まだまだ動き続けている。

動いているのだから、そこには何かしらのエネルギーがある。

そのエネルギーが何かしらの波の振幅を大きく上下に振れさせる。

ただそこにあっただけの魂の記憶にエネルギーが注がれ、また何か「感動したい」という「欲求」が湧き上がる。

惑星の上に生命が誕生し、物理的な自然の法則の中で生命が進化していく。

そして魂がそこへ同期して物理的な出来事を「体験する」。

やはりここへ帰ってきてしまう。

起きる現象は「意味がある」「意味がない」早計に判断できない。

その起きた現象を利用して感動する為のドラマを作り出しているのではないだろうか?


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(13:54)

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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2014年11月16日 17:28
こんにちは

>なぜ魂という存在が「ある」のか?、この部分の答えにはまだ辿り着けそうにない。

自分の中では、魂とは、個として情報を収集するための器というイメージです。
でも、この動画見た後だと野暮に聞こえますねw

よく肉体は魂の器ともいいますが、逆じゃないかなと考えています。
魂が器で、意識が入り、肉体が入っていると・・・
アイスキャンディにたとえると、木の棒が魂、アイスが意識、外側のチョコのコーティングが肉体です。
つまりアイスだけだと個に分割できないから、魂(木の棒)を作ったと・・・
(あまりいい例えじゃないかも(^^))

意識とは、情報を自律的に収集できるセンサーのようなもの(検索エンジンの巡回ロボみないな?)ではないかと思います。
自律収集アルゴリズムは、最初に「思考」が入り、能力向上のため後付で「感情」が入ったのではないかと。
(これも、あまりいい例えじゃないですね(^^))

>起きる現象は「意味がある」「意味がない」早計に判断できない。

人間の限られた感覚ではそうなります
しかし、「原因」から「結果」が生じるという意味では、全ての事象に「意味がある」のでしょうね。
原因と結果の因果関係・・・
ひょっとしたら、魂のほしがっている情報の1つなのかも知れません。
誰得?何のために?という疑問もありますがw
2. Posted by 四季(管理人)5    2014年11月16日 23:19
コメントありがとうございます

魂の辺りの捉え方、どうとでも解釈出来てしまう所がいつになっても歯がゆいですね。

>誰得?何のために?という疑問もありますがw

そう、この疑問がずっと付いて回ります。
ここの謎解きをずっとしているのですが、先は長そうですね。

魂の存在、ありそうに思える。
なぜあるのか?は謎。
在りそうと思えるのはこれまでの数々の色々な人の体験から推測。

謎は謎のままとして、数々の現象や体験から判明した事を人間としての生き方考え方に活かそうと思えば宗教っぽくなる。過去には宗教として広めるのが効率的だったと思いたいが、どうやら裏の目的も見え隠れしている為、都合よく利用されてきた歴史がある。

今後の人間に活かそうと思えば、新たな取り組みが必要でしょう。
しかし、そこに尽力するより今は謎解きの方にまだウエイトを置いているというのが実情です。

これからは少し謎解きを行いながら、今後に活かせる方向も模索してみたいと最近考えています。

ブログの場所も変わった事だし、少し新しい取り組みも入れてみようと思うのでよろしくお願いします(^^)

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