2014年09月06日

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人間の歴史という定規でこれまで考えてきて魂とか霊とか色々考えてみたが、地球の歴史という定規を当てはめて考えてみると少々違った側面が見えてくるのではないだろうか?

地球温暖化、よく言われている事だが、地球の歴史でこの温度変化を見てみると、温度は上下を繰り返していて、今は比較的高い時期で安定している。

この温度がほんの少し安定した時期に農業が毎年安定して食物を作り出せるようになり人類文明が発展したと言われているようだ。

地球の歴史を誕生から現在まで24時間という時間に換算すると人類の歴史はおおよそ6秒だと言われている。

 

 

地球の歴史から見ると非常に短期間の間の出来事である。

時間と言う考え方で定規を当ててみると、この短期間に栄えた文明の中で生きている人間、大きな意思の塊があり、他の惑星からも似たような意思がやってきて地球に生まれて・・・と様々言われている。

優秀な先生方の調査のおかげで一般人の私でも地球の歴史という見方が出来るようになった。

人間の肉体が生きていられる期間としてはせいぜい80年前後、ここで毎日起きている出来事に一喜一憂しながら思考を巡らせている。

地球の歴史から見て人の一生とはどの位の長さかと考えてみても地球から見たら気が付かないくらいの短期間であろう。


こうした見方がいいのか悪いのかの判断は出来ない。

しかし、一つの見方として書いてみると、この一瞬の人生で、役割?すべきこと?義務?色々あるが、どうでもよくないか?

これまで人類が神として考えて定義してきた存在があるとして、この神とはどの位の時間単位で人類を見ているのだろうか?

よく時間の概念が無い存在とも言われたりしているが、いるとしたらいつの頃から存在としているのだろうか?

地球の歴史から見て一瞬の出来事の中に生きている人間の一生の中の1日の中で起こる出来事に果たして「神の意思」なる物があると言えるのだろうか?


前回の記事の中で「ある視点から見ると全く矛盾の無い世界がある」という事についてしばらく考えていた。

「矛盾」という考え方その物に何か不足が有るのでは?と思えるのだ。

矛盾とはつじつまが合わない出来事という事で、今我々は人間の視点から見える世界で認識できる事を知っている。

「こうすればこうなるはず!」という考えがある。


神の意思が働いているとすれば、引き寄せ等で思い通りに出来てしまうという事に矛盾を感じるとなるが、過去に認識できた「実例」に基づいて「こうなるはず」という考えを持っている。

しかし、まだ人間が体験した事のない法則があり、それにより発生する「事象」を捉えたら過去に思っていた事は矛盾では無くなるという事もあるかもしれない。

この人間界で人間が認識できる事をまだ全て体験していないかもしれない。

先ほどの図がテレビ朝日モーニングバードという番組の中の「そもそも総研」というコーナーで取り上げた事であるが、テーマは「異常気象」である。

異常気象という言葉を使うには時間の単位をどこからに定義するかによって変化してくる。

地球の歴史で考えてみるとほとんどの時期は氷河期であり、その隙間に人類がいるに過ぎない。

氷河期を生き延びた動物はいるのか不明だが、氷河期ごとに生命が全滅してその隙間にまた生命が誕生してを繰り返しているのかもしれない。

今後また地球が氷河期へ突入したらどうなるのか?

科学技術を駆使して食物を生産し、シェルター設備の中で生きながらえるようになるのだろうか?

そうした時人類が体験する「もしかして神?」と思えるような出来事が発生した場合、ずっと昔の出来事で矛盾を感じていたことが矛盾で無くなる可能性もある。

宗教で言われている事も私からしてみたら矛盾だらけであり、何度も団体へ誘われたがその教義を聞くうちに矛盾を感じるようになった。

その矛盾に対して質問すると、ほとんどが「神がいる」という大前提であの世の中でこの世の矛盾を説明してくる。

その説明も他の教義と矛盾してくるという繰り返しで、丁寧にお断りしてきた。


柳の下で「うらめしや〜」という現象を現代人では昔の人の印象だと思っている人が多いだろう。

現代では「神」そのものに疑問を持っている人も増えている。

もう少し時代が進むと、また未体験な不思議現象が報告されて新しい考え方が登場するのかもしれない。


「解明」という事はまだほど遠い世界かもしれない。


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この記事へのコメント

1. Posted by 無人くん   2014年09月09日 19:51
Unknown
こんにちは
神からみた時間という尺度についてですが、自分は霊の次元も、神の次元も直線的な時間の流れはあると考えています。
ただし、それぞれの時間の流れが我々の時間軸と同期していないため、我々の視点から見ると時間がランダムに見えるのだと思います。

意識という観点から時間をみると、かなり曖昧になります。
我々の次元でも意識の持ち方によって、時間感覚が変わることは日常で経験しますので、意識が時間を超越したり、別の時間軸とリンクできるのは不思議なことではないのかも知れません。

未来から来た存在や、何百年住み着いている地縛霊は良い例だと思います。おそらく、それぞれの存在の時間軸から、我々の現在の時間に思念を介してアクセスしているとう見方もできます。あるいは逆かも知れませんが

一方、宇宙を作った意識体を「神」と仮定すると、彼らから見て我々の時間は取るに足らない一瞬の出来事です。その一瞬に介入できるのだとすれば、すごい能力ですし、具体的手法が気になるところです。

たとえば、時間軸に自由にアクセスして、ビデオの巻き戻しみたいに過去に立ち返って再設定しているとすると、宇宙や我々の現実はパラメータのカット&トライを繰り返す巨大なシミュレーターなのかも知れません。
チャネリング等で未来人と称する存在が我々にアドバイスするのは、もちろん当事者としての意図はあるのでしょうが、裏ではパラメータの再設定という神の意図があるように思えます。

2. Posted by 万年   2014年09月10日 06:09
Unknown
松本ハウスさんというお笑い芸人がいるのですが、
彼は統合失調症で、
時間感覚について話していました。
よく遅刻するらしく、その原因として、
一分くらいしか時間が過ぎていないと思っていたら、
一時間くらい時間が過ぎてしまっていたと。
仮に神がいるとしたら、そんな感覚かもしれませんね(笑)

物理的には重力によって、時間の速度が異なるようですが、ブラックホールのような場所では
時間の進みは0になるらしです。
では、神が住まう領域はどうなのか?
重力がなければ、時間の進みは超高速になるのかもしれません。あるいは時間が逆転しているとか(笑)

あと昆虫なんかは頭が小さいので、
回転数が早く、人間の感覚よりも
世界がスローに見えるはずです。

逆に神が惑星よりも巨大ならば、
頭の一回転も時間がかかりますので、
人間の感覚よりも、数万倍の速さで時間が進んでいるはずです。
1万年たったとしても、人間の一年くらいの感覚かもしれません。
そういった存在が、人間に介入する理由はあるのか?
私はNOのような気がします。

つまり、創造主がいるとするならば
人間の存在は、認識できないほど小さなレベルの
ように感じます。
なので、創造主を語る何かは
人間と同じ時間感覚であり、
同レベルの存在かもしれません。

3. Posted by 四季   2014年09月10日 17:49
無人くんさんコメントありがとうございます
宇宙空間と地球上の時間は違うみたいですね。
時間と言う単位の定義の仕方でいくらでも変化するようです。

以前NASA職員であった人から聞いた話ですが、NASAは本気でタイムマシンを開発していたという事です。
しかし我々が考えるタイムマシンとは定義が違い、光が届いて変化を認識する前に他の方法で変化を察知するといった考え方でした。
それが惑星間での距離であれば有効と考えられていたようです。

認識の定義、単位の定義、これらにとらわれ過ぎると考えに発展性が足りなくなりそうですね。

4. Posted by 四季   2014年09月10日 17:55
万年さんコメントありがとうございます
人間の時間感覚で「石」を見ると、固形物だから変化は認識できないが、その内部では変化し続けていますね。

人間が長年「神」として定義してきた存在は「一体どんなものなのだろう?」と疑問を提起して考えても、人間の時間間隔、感触、思い等で見る限り全体図は見えてこないように思えて仕方ないのです。

地球と言う惑星は丸い、しかし30cmの定規を当てて測定しようとしても球体であるとは気が付かないでしょうから(笑

未だに解明されない重力とか事の真相をややこしくさせる要素が多すぎです(笑

5. Posted by S   2014年09月10日 18:18
Unknown
私もお二人のコメントに賛同です。
この宇宙の創造主がいるとすれば、それは数千万年から数億年もかけて変化させる物に対してでしょう。いわゆる宇宙全体の方向性を如何に定めるか…
でしょうね。
銀河や惑星の行く末など事細かに干渉はしないはずです。ましてや、人間や異星人に対してのアプローチなどは無いと思います。
なぜなら宇宙全体の方向性を決定した瞬間から、長い年月をかけて創造主が決定した方向へ否応無しに動く事になるからです。

人間から見れば、それこそ気の遠くなるほどの緩やかな変化の中で、何度も転生し緩やかに宇宙の変化に順応していくのかもしれませんね。
もし、創造主が人類に興味があるとしても、人類を変えて宇宙に変化を期待するのではなく、宇宙の変化に如何に立ち回るか…かもしれません。

この宇宙は例えて言えば何十万にもの従業員がいる大企業のようなもなで、創造主が社長であれば、方向性を指し示すだけでしょう。それを実現するために組織がある。組織とはいっても人格を持った神と呼ばれる方もいれば、システマチックな仕組みかもしるませんね。私達が神と呼ぶ存在は、それこそこの宇宙というなの大企業に所属する、僅か数名のグループのリーグクラスかもしれませんね(笑)


6. Posted by P   2014年09月11日 19:25
面白いです

皆さんの考察は、とても興味深いですね。

死んだ人間が恨み辛みで地縛霊やらなんやらになって、人や土地建物に何百年と執着するのが、バカバカしく感じられます。

人や動物植物が何のために生まれて死にゆくのか、宇宙の進化のためか何かわかりませんが、それを知らされず知らないまま日常生活を送る、ということに宇宙的な意義があるんでしょうか?

たぶん人間個人が考えてあれやこれや悩むことに宇宙的意識にとっては一切関係なく、人類の集合意識(霊体含む)的な流れで地球上社会が進む方向にだけ関心がある?

その舵取りを人間に近い霊体、所謂、神様、が時々介入?

生きてることに意味はない、とかよく言われますが…、
日常の様々な、大小の悩ましい出来事に心を揺り動かされるのが、さらにバカバカしいことのように思えてきました…。

宇宙自体が何のために存在しているんでしょうね?
宇宙意識とやらがあるとして、それは、ゆったりと流れる意識の先、それなりのゴール?みたいなものを想定して意識体に舵取りさせているんでしょうかね?


7. Posted by 四季   2014年09月15日 23:12
Pさんコメントありがとうございます
こういった大局的な視点から世界を見ると、日常の細かな事がどうでもよくなってきますね。

私自身が感じた事ですが、あまり大局的な視点に立ちすぎると、現実に生きるという事すらばかばかしく思えてきてしまい、無気力になる事が多くなってきます。

すると今まで楽しいと思えたことまで色あせて見えてくる。
結果人生がつまらなくなるという弊害?もあるようです。

細かな問題にとらわれ過ぎなくなる事はいいのですが、やはりバランスを失う(現実的な視点と大局からの視点)と、どうしていいか自分を失う事にもなりかねません。

知ってしまったからには、現実目の前の事と大局とを行ったり来たりして楽しむのもいいかな?と最近思い始めている自分もいたりして、視点が大きく広がっている事だけは自分の中の事実のようです(笑

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