2014年05月23日

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ニュースで労働時間の一部緩和が検討され始めたと発表されていた。

8時間労働の撤廃である。

これに対する反対意見が猛烈に書き込まれていた。

これまでもこうした理不尽と思えるような事が施行されたりして人間社会は利便性が上がる一方窮屈で生活しにくい環境へ変化してきたように思う。

これはほんの一部であり、日本の政府機関等へ他国の工作員が多数潜入し、日本社会を弱体化させようとしているという情報も出ている。

こうして人間社会は複雑化し、あらゆる規制や法律等がグレーゾーンを持つようになり人は常に走り続けていないと生きていけない。

何処が根本原因かは特定できないであろうが、子供の数は減っている事は事実。

人口が減少していく、では輪廻転生先はどうなる?

しかし地球規模で見ると人口は増え続けている。

日本人としての人生が終わると、次は外国のどこかへ転生していくのだろうか?

輪廻転生も早いペースで転生する事もあれば、数千年そのままという事もあると言われている。

このブログは「魂は存在する」という事を前提として書いています。

子供が友達と遊ぶ。

「なにしてあそぶ?」

「ままごとしようか!」

「さんせー」

「じゃぁあたしがママね」

「なら、ボクはパパ」

と、即座に定義をしてルールを決め始める。

「ここがげんかんね」

「こっちがおふろ」

違う場所でお風呂に入ろうとすると

「そこはおふろじゃないぃ〜」

「ばつとしてきょうはゆうはんなしね」

ミニ社会がそこには出来上がっている。

そんな姿を親達は微笑ましく見ている。

子供たちが遊びに夢中になり、転びそうになると親はサポートし転倒を防ぐ。

こうした様子を見ている大人たちを見ている「魂」レベルの守護霊。

やはり人間社会の様子を微笑ましく見守っているのだろうか?

守護霊がサポートしている人間が危ない状況になると、手を差し伸べて危険から回避する手助けをする?

しかし常に見守っているわけではないので、守護霊が目を離したすきに事故に遭う事もある?

といった守護霊の働きを微笑ましく見ている「神様」がいる?

「子供」の成長を楽しみにする「親」

「親(人間)」の成長を楽しみにする「守護霊」

「守護霊」の成長を楽しみにする「神様」

順次成長して神様はまた新たな「魂」を人間社会へ送り出す?

子供が強引なルールを決めて傲慢な遊びを始めても親は「子供のやる事だから」と微笑んで見ている。

人間が傲慢なルールでやりたい放題やっても、その人間の魂の成長の為の試練だから、と言って微笑んで見ている?

だから人間社会を人間レベルで見た時「そりゃひどいな」と思えるような事も、守護霊のレベルから見たらどうってことは無いのかもしれない。

ではなぜ成長する事がよしとされるのか?

人間は体が成長した後、衰退する。

しかし精神は成熟する。

何度か人間をやって成熟した後、守護霊等になり多数の人間をサポートした後「神」というレベルに成長するのか?

神というレベルまで辿り着くと、そこから新たな魂を作り出して人間社会へ送り込む。

「循環」している。

このブログで辿り着いた答えだ。

すると、「成長とは?」という事になる。

人間のレベルで何度も輪廻転生する必要が無いほど成長すれば転生のループから抜け出せると言われている。

転生の回数制限等無い。

成長の定義も無い。

仏教等で言われている「無」に辿り着く事が目的では?と思われる。

転生のループを抜け出す為の成長の定義は?

ゴミ拾いをどれだけ奉仕作業したから?

時間をきっちり守り、仕事をやりぬいたから?

目標に向かって猛烈に努力して何かを達成できたから?

稼いだ沢山のお金を慈善団体に寄付したから?

人の痛みが分かるようになったから?

ボランティア活動を沢山したから?

書き始めたら切が無いほど出てくるのでこの位にしておく。

何かをしたから成長出来た?

何か違うと思う。


誰が決めた?

守護霊が成長の定義を決めている?

それとも神様が決めている?

成長という認識を持つには成長出来てないという認識が無くては成長を感じる事は出来ないだろう。

人間社会で、誰か見ず知らずの他人が決めたルールに従わないとどうなる?

刑法に違反したとされれば警察に身柄を拘束され自由が無くなる。

会社が決めたルールに従わなければクビになり金銭を受け取れなくなるので社会の中で生活が出来なくなるという生活の自由を拘束される。

村の掟に従わなければ村八分(古いな〜分かってもらえるか?笑)

家族のルールに従わなければお小遣い無し(笑

友人との約束を守らなければ遊んでもらえない。

こうした不自由がいやだから何かしらのルールに従う。

しかしこうしたルールを決めている側はルールを守っているか?

皆さんご存知の通り、守っていませんね〜

ルールを作る側と従う側、圧倒的に作る側が強いですが、そのルールに従わない人の数がある一定数現れてくるとルールは崩壊していく。

行き過ぎては戻り過ぎ、ルールも厳しくなり過ぎては崩壊し新たに作られる。

こうした「波」に翻弄されながら人間社会を人間として生きている。

このブログにもたびたび登場する引き寄せの法則であるが、こうした誰かの作ったルールをいとも簡単に超越するという事例が増えている。

こうした人間の「進化?」によって誰かの都合に合わせたルールは崩壊していく。

これも社会現象のひとつだと捉えれば、普通の出来事であろう。

今回のブログの趣旨は、こうした誰かの作った誰かに都合のいいルールを真剣に守る事が自分の人生に本当に大切な事なのか?

大自然の法則として循環している社会でも我々人間は人間としての感情を感じる事が出来、喜んだり悲しんだり興奮したりと様々な事を経験できる。

これらの素敵な感情を他人の押し付けてくる都合に全て押し殺されて行くのはいかがなものか?と思う。

ルールを作る側は必ず「罪と罰」という事もセットでルールを押し付けてくる。

こうしたルールに正面から拒否すると、あとは力と力の対決になるので当然ルール制作側が圧倒的に強い。

ではどうすればいいか?

出来るところから徐々に「かわす」。

柳のように柔らかく「あら、ごめんなさ〜い」とかわしていく。

それでも強引にルールを押し付けようとしても、ルールで縛り付けようとする人数のある一定数を超えるとルールは崩壊していく。

今人間社会ではスピリチュアルがとても広範囲に知られており、そこに気付いている人も増えている。

悩む必要のない所で他人の都合のルールで真剣に悩まなくてもいいのではないだろうか?

よく、「手放す」という言葉をスピリチュアルの世界では使われているが、こうした感覚的な事は教えられるものでは無く、実感するものなのでその手助けに出もなればこのブログも少しは役に立っているという事になるのではないだろうか?

 


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(15:22)

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この記事へのコメント

1. Posted by 万年   2014年05月23日 19:45
Unknown<br>
進化とは、誰かに言われなくても、<br>
自分は進化した!とわかるものかもしれませんね〜<br>
<br>
人の善意なんてのも<br>
視点によって、全く逆になることもある・・・<br>
人の善意の基準は宇宙の善意の基準と同等なのだろうか?<br>
目の前にゴキブリが現れたので、退治してあげた・・・<br>
これはゴキブリにとっては悪意なのか、<br>
それとも早く臨終できたので、<br>
面倒な人生を早く終わりにできたので、善意なのか?<br>
ん・・ 善意なんてのも実に曖昧な定義ですよね(笑)<br>
2. Posted by 四季   2014年05月23日 19:56
万年さんコメントありがとうございます<br>
自分自身が進化したと思えていればOKではないでしょかね。<br>
<br>
電車で老人がいたので席を譲ると伝えると「バカにするな!まだ老人じゃないわい!」と怒られたことも(笑<br>
<br>
善意のつもりが侮辱に。。。(^^;;;<br>
<br>
結局人それぞれ定義が違う。<br>
そりゃ国家同士も火種が無くなる事は無さそうですね。

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