2014年05月16日

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

悩み・・・

 

悩みには2通りある

悩んで解決する事

悩んでも解決しない事

 

悩んで解決するのであれば、大いに悩み、そして「決断」すればいいだろう。

解決出来ないなら「悩まない」。

 

どうして悩みという事が起こるのか?

背が低い人、やりたいと思うスポーツで「不利」だから?

容姿、自分が好きな人の好みに合わないから?

学歴、バカにされるから?

肌荒れ?どこが?説明されなければ分からない本人だけの悩み。

性格?すぐ否定的に物事捉えてしまうから?

とにかく悩む事が習慣になってしまっている人。

悩むことが好きな人。

結局は、誰かや何かとの「比較」から来ることがほとんどではないだろうか。

 

今、なぜ「悩み」について書こうと思ったのか自分でも分からない。

もしかしたら、これもチャネリングの一種なのかもしれない。

悩んでいる人の助けになる為、私が書いているのかもしれない。

 

私も前は大いに悩む人であった。

とにかく深く考えてみる。

考えに考え抜いて結論を出すのだが、とにかく悩むのが好きであった。

その結果、他人から「いつも考え過ぎ」と否定的に言われ続けてきた。

何故考え過ぎる事を否定されるのか?

ここから迷宮への旅立ちが始まる(笑

 

他人との比較が無ければ悩む必要は無い。

好きな人の好みに自分が合わないと判明した事に悩みたくなる気持ちは理解できる。

 

「生命」という定義の仕方によって見方は変わると思うが、物理的に存在する物全てに「生命」はあると考えている。

「岩」これは人間の目には動いているように見えない。

「生命活動」しているようにも見えない。

しかし分子レベルでは活発に動いている。

岩が変化したり、子孫を残す行動等はしていない。

 

植物は?

昔からサボテン等は人間の言葉に反応するという実験が有名である。

私の母は「花」が大好きで、枯れかかった花も母が手入れするとよみがえる。

不思議な現象をよく見た。

先日お会いした霊能者の方も、私の母は前世ヨーロッパで花をこよなく愛して花に囲まれて生活していた人だと言っていた。

 

しかし、岩や花には「意思」が有るようには思えない。

思えないだけで実はあるのかもしれないが。。。

意思のある者、悩みがあるのか?

野生動物が悩んでいる姿は見たことが無い。

困っている姿は見た事があるが、悩んではいない、だろう。。。

 

人間が認識できる範囲で「悩んでいるのは人間だけ」であろう。

大自然のループの中で法則に沿って生きている者全ての中の人間。

他との比較に何か意味があるのか?

比較した結果、その出来栄えや完成度を見比べて競争社会が出来上がっている。

これも大きな矛盾の上に成り立っている。

 

沢山給料が欲しい。

すると商品の値段が上がる。

では売れない。

だから値段を下げる。

その代り、沢山売る。

結果会社は利益を上げるが給料は上がらない。

中国に「華西村」という不思議な村をテレビで紹介していた。

その村の住人は、高級住宅を支給され、車も無料で提供、高級ホテル等も無料で年収が日本人換算で1億円を超えている。

広大な村の中で超豪華な暮らしをしながらサラリーマンをしている。

もっと広い家に住みたいという欲求は無い。

4人家族でトイレが5個もあり、風呂も4つある邸宅では家への欲求は無い。

隣の家もその隣も全て超高級住宅。

何の不満も無い。

が、この村が村の中だけで経済が循環しているのであればいいのだが、実際は中国全土が顧客であり規模の違いだけで、結局は中国という国内で比較対象になる。

 

「差」である。

この比較した結果の「差」が利益に繋がり、悩みの根源となり争いの種となる。

「争う」という事が無ければ「平和」という言葉も存在しない。

 

スピリチュアルの世界ではよく「受け入れる」という言葉が登場する。

納得するという事とも似ているが、表面的な意識で納得させたり、自分に「思い込ませたり」しても、深層心理では「納得できていない」。

それが原因ですっきりしなかったり気分が晴れなかったりと様々な現象が現れる。

 

川を流れる「木の葉」は、なぜ自分が流されているのだろう?とは考えない。

タヌキとして生まれたタヌキは自分がなぜタヌキなのか?とも考えない。

猿は人間の生活を見て「羨ましい」とも思っていないだろう。

 

悩みは自分が思い込んでいる事なので、周囲の人が「悩む必要等無いから」といくら言っても本人はすっきり出来ない。

悩みの無限ループにいる限りは、一つの悩みが解消されても必ず次の悩みが順番待ちしていたかのように登場する。

悩む事が好きな人にはたまらないだろう(笑

悩みたくないと思っている人は「悩みの無限ループ」から抜け出る事をお勧めする。

 

何かで悩んでいたとしたら、その悩みを分析してみてはいかがであろうか?

悩みの大元まで辿り着ければ、悩んだ本当の理由が判明する。

人は理由が分かると安心する。

気が付くと悩んでいない自分がそこにいたりする。

 

自然の法則で「なぜ雨が降る?」と悩んでも、そういう仕組みだから仕方ない。

悩みの範囲はその人の行動範囲。

普段外出しない人は、観葉植物の成長具合に悩んでいたりする。

海外出張する人は、外国の情勢や天気が気になり、行き先の治安が悪化していると「困った困った」と悩んでいたりする。

 

即座に悩みを決断により解決できる人も、家族の事で悩んでいたりする。

こうした様々な悩みの理由の解決手段の一つとしてもスピリチュアルの世界が深められているようにも思える。

 

子供の事が心配。

スピ的に考えると、子供は子供の人生があり生まれる前に立てた人生計画があるから心配しても意味が無い、とか。

もっと別な理由かもしれないし、単なる思い込みで実は何の問題も無かったりする。

はたまた、なかなか会えない父親に意地悪をして心配をさせたりと。

 

子供は大切だが、自分の所有物ではないという考え方から子供の考えを尊重してあげると自分が楽になったり楽しくなったりも出来たりする。

あくまでも一般的な話なので、特殊なケースではそうはいかない問題もあるかもしれない。

学校で問題ばかり起こして、、、という行動にもスピ的に答えが有ったりもする。

それが正解かどうかは検証することは出来ない所が、スピの世界のもどかしい所。

 

全てを手放すという感覚をスピ的には推奨している。

しかしこれがなかなか出来ない(笑

最後まで手放せずに手元に残る物、事。

これが結局自分の個性に繋がる事なのだろう。

自分の個性まで手放してしまったら、僧侶の領域なのか?

現世ではなった事が無いから分からないが。。。

 

自分の寿命すら「終わるなら終わるでいいんじゃない?」と半分思えている。

そんな思想が広がったら、社会が壊れてしまう、とかおかしくなってしまう、などと言って反対する人もいるだろう。

しかし不思議なもので、人間社会もおおよそ半分ずつ男女に分かれている。

思想も1色には染まる事が無いからそれほど悩む必要も無い。

しかし確実に社会は変化しており、誰か人間の意思でもありながら自然の法則にしたがっているのであろう。

深く考えて「楽しむ」ならそれもいいし、難しい事はわからん!といって考えないのもありだろう。

これまで散々数十年間悩み続けてきた私でさえも、「手放す」という感覚を味わう事が出来ているのだ。

自然の流れなのか、他に理由があるのか、何でもいいが「大丈夫」

結局何が言いたいのかぼやけてしまって、最後まで読んでくれた人には申し訳ないような気持ちもあるが、悩んでいる人に何かのきっかけにでもなってくれたら幸いである。


本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

↓↓いつもクリックありがとうございます↓↓


スピリチュアル ブログランキングへ

 



(23:29)

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字