2014年03月06日

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先日、高速道路を何時間も走行しているときふと思った。

 高速道路を流れる車は、日本という体内の血管を走る赤血球と似ている。

自分には目的地があり、必要があるから高速道路を走っている。

日本という体を維持する役割等誰にも言い渡されていないし、そんな使命感もない。

自分の体の中の赤血球はどうだろう?

今の所赤血球には自らの意思等無いと思われている。

しかし、酸素が近寄ってくると優しい赤血球は酸素を載せて運んであげる。

ヒッチハイクだ。

酸素が行きたいと思っている場所まで来ると、そこで下ろしてあげてまた流れに乗って進んでいく。

結果人体は酸素不足にならずに生命を維持できている。

日本という体も経済という生命を維持できている。

自分自身には「役割」とか「使命」とか無いと思っている人もいるのであろう。

しかし生きて生活し、何かしらの活動を行う事が結果日本の生命(経済)を維持することに繋がっている。

自分にしか出来ない役割と、誰でもできるが結果自分が役を果たしている。

では、自分にしか出来ない役割や使命等はあるのだろうか?

これがまた検証不可能な事なので、あくまでも推測の領域を出ることが出来ない。

自分にしか出来ないと思われる役割。

誰かのパートナーとなる事。

特定の「この人」がいたから、今の自分がある、と思える人。

では、他の人であったら今の自分は無いのか?はたまた他の道へ進んでいるのか?

これは検証不可能である。

自分自身が「そう思えるか」だけであろう。

では、特定のこの人と言うのはどうしてそう思えるのか?

考え方であったり年齢的な事、見た目、声、家柄、職業、雰囲気、波長、等要因は様々。

雰囲気や波長と言った感覚的な要素の場合、肉体的だけの要素では無いようにも思える。

これも「霊」という存在があると仮定しての話である。

私の息子は、この世に生まれる前に妻の実家を指さされて「この家に生まれなさい」と指令を受けたと幼いころ言っていた。

そして了承すると、くるくる回りながら母親のお腹に入って行ったという。

前世での生活や、どのようにして前世が終わったのかも鮮明に思えていた。

つまりこの記憶が確かなものだとするならば、霊界は存在し、人間の意思とは別の意思が働いているという事になる。

息子は自分の意思で選択していないのだ。

また、他の話では自分自身の寿命が尽きる日時をはっきり分かっていて、結果その通りに息を引き取ったという例もある。

テレビにも出演していた霊能者の母親の話として紹介されていた。

元気な人が、久しぶりにひょっこり顔を出して、他愛もない話などをして仲の良かった人々を訪問した後事故で無くなったり。

こうした話はよく言われており、葬儀場で皆が集まった時「そういえば私の所にもひょっこり来たわよ!」という会話から、「自分の寿命を知ってか知らずか、みんなにあいさつ回りして逝ったんだな」等という話は本当に多い。

こうした数多くの例を見ていると、なんだか「人生って決まってる?」と思いたくもなる。

では、何のために生まれて来る?

ここが非常に大きな疑問点となるのだが、ここは宗教も含め様々な言われ方をされており、一人一人に役割が有ったり使命があったりと重く扱われ、人生を大切にするような方向への話が多い。

しかし、アフリカや文明がまだ発達しておらず、生まれても数か月や数年で餓死したり病死したりする子供の数は非常に多い。

こうした環境へ生まれて来る子供たちは、どのような役割が有るのか?

どの様な目的があり生まれて来るのか?

前世で悪事を働いた罰のような言われ方をすることもあるだろう。

しかし、生まれて来ると前世の記憶は基本的に忘れている。

罰のつもりが罰になってないともいえる。

本人の反省を促すのが罰という位置づけであると思うのだが、これいかに?

これから発展していくアフリカの進歩の為のエネルギーという考えか?

結局捉え方次第でどうにでも変化する。

役割は不明だ。

自分の意思でそこへ生まれて来るのか?それとも私の息子のように指令を受けてそこへ生まれて来るのか?

指令を受けた場合、何かしらの理由がありそうに思える。

その理由が使命であったりするのだろうか?

すると使命を果たす時期はいつ?

2〜3名が関われば、その使命は果たせる?

数十人?数百人?関わる人の使命はあるのか?

生きている人すべてに使命があり、それを実行していく時期に予定されていた人々と出会い、それぞれの役割で何かを行う?

全ては詳細まで決まっている?

では、自分で母親を選択して生まれて来る人は誰かに指令を受けた使命等はあるのか?

全ての人に完全なストーリーがあるわけでなく、完全に決まったストーリーを生きる事を選択又は指令を受けて生まれて来る人もいるという事ではないだろうか?

過去に、「人生を楽しむ為に生まれてきた」という使命を持っているという話も有った。

こうして探求しながら文章を書いている時、このストーリーが完全に決まっている人とそうでない人が混在しているというイメージが湧いてきて非常に不思議な気持ちになりながらこの後半の文章を書いた。

まとめてみよう。

自分の人生を選択して生まれて来る人。

誰かの指令で生まれて来る人。

カッチリとストーリーが決まった人生を、あるチームで予定された人達で実行し人間社会を盛り上げる又は導く人。

単純に人間として生きるという事を楽しむ為に生まれてきた人。

こうした人達が混在して人間社会を形成しているのではと思えて仕方がない。

では、自分自身はどのタイプなのだろうか?

人生のストーリーがカッチリ決まっている人の場合、引き寄せはどう作用するのか?

引き寄せ等という事は聞いても教えられても実行などしようと思わないのだろうか?

カッチリしたストーリーが決まっていない人が引き寄せ等を実行してみようと思い、その効果に驚いたりするのだろうか?

こうした複数の目的や使命等を持った人が混在しているとしたら、自分自身はどのタイプに当てはまるのだろう?

ある時期までは自由に引き寄せ等が出来ていたが、ある時期から使命というプログラムが動き出し、運命の流れが変化したりするパターンも考えられる。

単純に自分のタイプを認識することすら難しいのでは?とも思えてしまう。

本当によくできている。

参った。。。

まだ当分つづく。。。


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