2013年12月12日

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何のために輪廻転生で生まれて変わりながら何度も人生を繰り返すのか?

この疑問に様々な方面から探求してきた。

そして辿り着いた答えが、意識だけで(思っただけで)どんな事も即座に実現可能である意識だけの存在に飽きてしまい、思い通りにならない世界で遊ぶ。

人生ゲームであると言う事。


ロールプレイングゲームで敵が何もいなく、欲しいアイテムは即見つかり、どんどん次のステージへ進むことが出来るゲームは面白くもなんともない。すぐ飽きてしまう。


過去の記憶を一時的に消し去り、今回の人生を最初から始める。

何事も初体験というのはドキドキ緊張してしまう。

過去の経験を全て忘れ去っているから、自分に出来るかどうかも分からない。

何度も失敗を繰り返す。

それでも挑戦し続けるとうまくいく。

難しければ難しいほど出来た時の喜びは大きいものである。


こういったごく当たり前に知っている(体験している)事も、数があまりに多すぎるとのめり込み過ぎで忘れてしまい、どうせ失敗するからとか、限られた人だけが出来るとか独自の理論が確立されて行く。

確かに能力的に不可能な事もあるであろう。


生まれながらに強大な筋力を持つ体、俊敏に動ける神経、難解な問題を瞬時に解決する脳力、様々な特性がある。

これらも人生ゲームに参加する人それぞれが乗り込む体の特性だ。

我々が現在認識できている世界を眺めると、様々なものが共通している事に気が付くであろう。


電子顕微鏡で微細な世界を覗いてみると、原子の周辺を電子が周回軌道に乗り飛び回っている。

そのまま地球の周回軌道を月が回り、太陽の周回軌道を地球が回り、と延々と続く。


人の体の中には血管が縦横無尽に敷き詰められ、そこを赤血球や白血球等様々な役割を持ったものが走り回り、行った先で栄養等が渡され役に立つ。

窓の外を見れば道路が敷き詰められ、人を運ぶ乗用車や荷物を運ぶトラック、郵便配達、出前、必要なものが目的地へ運ばれて行き、行った先で役に立つ。


人間の脳が考え、指令を出して手足が動き、脳の考えた目的を達成しようとする。

無茶な指令を出されても手足は躊躇しながらも熱いものを持ったり、重いものを頑張って持ってみたりする。

会社の社長が指令を出して、社員が目的達成のために少々無茶でも頑張っちゃったりしている。

脳の指令で自らの体が危険だと判断したとき、ヤケドするのを分かっていても熱いものを掴んだりもする。

会社も倒産の危機等を社長が感じると、無茶をしてでも危機を回避しようと社員が倒れるまで働かせたりもする。


人が移動手段の一つとして車を選ぶとき、人それぞれ目的に応じてワンボックスカーであったりスモールカーであったり四輪駆動であったりと選択して乗り込む。

意識だけの存在がそれぞれの好みと目的に応じて「体」を選択し、乗り込む。


ここで人生ゲームが複雑で面白いのは、この選択した体の特性は成長する為、乗り込む段階では

完全な特性は分かっていなかったりする。


更に、大災害等で生きる事が非常に困難な状況下でも乗り込んでくる強者もいたりする。

もしかしたら環境的な事は見えていなく、順番に体へ乗り込んでいく可能性も考えられるが。。。


自動車を購入したら、高性能タイヤに履き替えたり、エンジンをチューンナップすれば性能がアップする。しかし、その目的に合わせてチューンナップしすぎると、他では使えなかったりといった弊害もある。


人の体もひたすら筋肉強化のチューンナップばかりしていると、脳を強化する時間が不足したりもする。


クラッシック音楽を演奏する音楽家は、幼いころからシビアに音を聞き続けたおかげで、譜面を見ると同時に音が頭の中に流れてくる。

演奏活動には最適なのだが、普段の生活でも友人とカフェで会話している時、友人の言葉の音程が譜面となって頭の中に出て来て、同時にBGMで流れる音楽も並行して譜面に描かれて行くという。

食器を洗っていると「カチャカチャ」という音も譜面に(笑)


大変疲れてしまうという悩みもあるという。


人の体は、こうしてチューンナップしていく事が可能である。


しかし生まれてくる前の記憶は消えている(思い出せない状態になっている)為、チューンナップの方法を知らなかったり、親という存在が知らなかったり、自分自身がやりたいと思う事をやらせてもらえなかったりと様々な障害が立ちはだかる。


人生ゲームスタート早々から結構難易度が高いのである。


こうして自分が乗り込んだ体の持つ特性も分からないまま、チューンナップしては見たが、元々体が持っていた特性と合っていない場合は、能力を存分に発揮できない事もある。


こうした基本ルールだけでの人生ゲームであるならば、結構わかりやすいのかもしれない。

が、ここへ難解な敵が立ちはだかる。


「魂」と呼ばれ「輪廻転生」してきて「カルマ」を背負っていると言われてしまう。


自分がやりたいことが出来ず、自分の意図しなかった敵に攻撃され、希望を失う。

これは「カルマ」が原因であり、これを解消しなければ先へは進めない。

こういう謎のカードを開いてしまい、どうしていいのか分からなくなる。


その謎のカードの信憑性を高めるために、この人生ゲームは「霊」が登場する。


そして「霊能者」という存在が登場し、解決のキーワードをあいまいに伝えてくる。


更にこの人生ゲームを奥深いものにする為に、「守護霊」「神様」も登場してくる。

それぞれの登場キャラは様々な特性を持ち、自分の問題を解決してくれたり、サポートしてくれたりと大活躍もしてくれる。


このゲーム上で人は常に前へ進むために「選択」をしていかなければならない。

じっくり立ち止まって様子を見ながら慎重に進むという選択をしようとすると

「空腹」「貧困」という状態に変化していってしまう為、ある程度の速度で進むことが必要になる。


所々に落とし穴があったり、迷路があったりと進む道に危険も多数存在する。


常に選択を迫られる状態で引いたカードに「災害で死亡」と書かれているとゲームオーバーだったりもする。


このゲームの面白い所は、ゴールポイントを自分で設定できる所。

今の所、こう言われている。


生まれる前からどうしてもやってみたいと思っていた事、それを達成できたらその人生は大満足。

そうしてコロッと逝ってしまう人もいる。

中には志半ばで乗っている体が壊れてしまい、ゲームオーバーの人も。

こればかりは、生まれる前では体がどの位まで持つのかは乗ってみないと分からない。

思いのほか頑丈であったり、乗っかる意思との相性が悪くて能力を発揮できない事もあるであろう。


こうした選択だけで決定できない「運不運」的な要素も加わり、人生ゲームはより複雑により奥深く楽しむことが出来る。


私はこれまで様々な不思議と思われる事を探求してきて今ここにおり、こうしたブログを書いている。

こうしてこの「人生ゲームとは!」というブログの発信こそが、悩める人を更に惑わす事に繋がっているかもしれない。


知らずに私もこのゲームのトラップ作りの為に動いている可能性も否定できない。


こういう「疑問が生まれる」事自体が、「だから実はカルマが原因でね・・・」という登場に繋がる可能性があり、無限ループになってしまう。


こうした無限ループを回避するために私は自ら実験、観察を行いながら探求している。

今何かと話題になっている(一部だけかもしれませんが)「引き寄せの法則」。


この法則は「動」とセットになっていると言われている。

では、動かずにじっとしていたらどうなる?


やってみました。

自宅にこもる事3か月。

ひたすら瞑想を行い、イメージだけを膨らませる。


結果、何も起こりません。


そこで、切り替えて次の実験。

動くための根拠となる物、つまり外出するための口実をイメージ。

「なんだか分からないけど、日々スケジュールが埋まり、充実してくる」

この引き寄せは即発動しました。


では「カルマ」という、今回の人生より以前の忘れている人生で背負ってしまったと言われているカルマ。これは一体どういった存在なのか?


前回の人生で選択した事がペナルティを食らうような事となり、マイナスポイントとなる。

これを解消するためには、今回の人生で何かしなければ解消できない。

こういった解釈がされている。

だれもがカルマを持っていると言われているが、この人生ゲーム、やればやるほどカルマが増える?

それでは、やればやるほど深みにはまり中毒となるほど楽しいのか、麻薬的に危険なのか、それも人それぞれで違うという事なのか?


こうした細かいルール的な事は、様々な説があり、またこのゲームの前回のプレイの状態を誰も覚えていないため、人間状態の魂同士では情報交換が出来ない状況になっているのだ。


すると憶測が飛び交い、経験をした人が仮説を唱えたりと混乱を生む仕組みになっている。


非常によくできている。


こうした事から、今現在「体」に乗っかっている「魂」がこの「体」で経験できる「人生」は一度きりである。


ある意味「死んだら終わり」という話も正解であろう。

また別の意味では「次がある」というのも正解であろう。


しかし言える事は、今回の人生ゲームで乗っかる「体」も先行プレイヤーがこのゲームを真剣に楽しんでいるからこそ出来た「体」であり、そこへ乗っからせてもらうのだ。


冒頭でも書いたように、難しい事にチャレンジして、難攻不落であればあるほど達成感は大きい。

楽をしたまま、なんでも手に入ったら何のためにゲームをやりに来ているのか?

という話にもなる。


ゲームはとにかく意地悪な作りになっている。

なかなかクリア出来ないようになっている。

何度も何度も繰り返しこのゲームにチャレンジできるが、前回の経験は忘れた状態で白紙からの挑戦になる。

前回の苦悩を忘れているため、ワクワクしながらスタートするのだ。


そしてこのゲーム環境を作り出し、自ら遊んでいるハイヤーセルフは全てを知っていながら隠し、特殊なキーワードに気が付いた人へのみヒントを出したりしている。


この辺りの話から理解の範囲を超えてきて混乱する人もいるであろう。


単純に話を持っていくと、ゲームをクリアして進んでいく為のヒントを得る方法。

これが「引き寄せの法則」と呼ばれているものである。


この法則は魔法の呪文ではない。

あくまで、ヒントを得る為のものであり、それを自分の行動で形にしていく事が出来る法則であろう。


何度も繰り返し挑戦できる人生ゲームも、今プレイ中の体での体験は1度きりなので、何処にアイテムが隠されているか?どこにコインが隠されているか?どうすればヒントを得られるのか?


思い切り楽しんでみるという観点から見直してみてはいかがであろうか?


そんな心境にもなれないほど、邪悪なカードを引いてしまった人もいるであろう。

が、「行動」により何処かで「救世主」に出会ったり、「ヒント」を見つけたりがある。


街の看板に「ヒント」が隠されている事も。

偶然開いた雑誌に「ヒント」が。

ちょうどスイッチを入れたテレビ番組に。。。


自らがアンテナを伸ばしてみたら、何か見つかる。


最終的には「諦め」の心境、「もうどうにでもなれ」と開き直ると、とたんに変化が現れたりと、この人生ゲームは幅が広すぎて、さらに奥が深い。


他人のゲームの邪魔さえしなければ、何処へ進もうと何を選択しようとOKだ。


この意地悪なゲームを思い切り楽しみましょう。



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