2013年11月19日

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スピリチュアルの世界を探求し続けてきて30年以上の年月が過ぎている。


このブログを書き続けて辿り着いた所、完全な傍観者。

全てにおいての興味が失せてしまい、感動する事もほとんど無くなってしまった。

しかし腹は減る(笑


こうした状況が数週間続き、万年さんからの一言があった。

それは「悟りの境地に辿り着いたから」と。


そして、これからは自我を楽しむ事が出来るでしょうという。

これは、なるほど!と思ったのだ。


それから数日。。。


自分はなんとなくどこかの空間に漂っているだけのように感じられた。

何の意思もなく、目的もなくただ漂っている。


ヨットで太平洋を横断する人、これは孤独との戦いだと言われている。

この孤独に耐えられない人は途中で海へ飛び込んでしまうのだそうだ。


自分の場合、その飛び込んでしまおうという気持ちすら消えうせていた。


そこで、これからは自我を楽しむという言葉がジワジワやってきた。

漂っている自分は、エンジンに点火し、行先を決め、進み始めた。


必ず心の底辺に「自我を楽しむ」という気持ちが燃料となっているようだ。


そんな事を思いながら進み始めると、この社会の出来事に興味が湧き始めた。

ここ数週間の完全に興味を失っていた期間もニュース等はなんとなく見てはいた。


しかし、今は何かが違う、悪いニュースの出来事に腹が立ち、対策は無いのか勝手に考えている自分がいる。


そう思いながらもう一つ思ったこと。


最近の日本社会、あまりにも詐欺が多すぎる。

今日もロト6の当選番号を教える詐欺で、老人から多額の金銭をだまし取る。

相変わらず振り込め詐欺は横行している。

ネットショッピングで詐欺サイトの70%が中国であり、多くの人が偽物を掴まされている。

書き始めるときりがない。


どうして日本はこんなんなってしまったのだろうか?


政治の世界も不穏な動きは日増しに高まっている。

消費税を上げるからその変わり自動車税を無くす、と思いきや軽自動車の税率を4倍近く上げる。

こんな政策は選挙の時には何も言っていなく、これも国民からすれば詐欺と同等。


一部上場企業も平気で詐欺を行い、ことごとく皆で騙され、お金を奪い取られる。


感覚的に日本はかなり何かに浸食されている印象だ。


先日ずっと考えていたことがある。


もしこの人間社会がこんな社会だったら。。。


人々が皆真面目、詐欺や窃盗、殺人、強盗、暴力団等「なんとなくやだな」と思うような事が

何もない社会であったとしたら?


外出する時家に鍵をかける心配がない。

突然交差点で自転車が飛び出してくることもない。

犯罪が何も起こらない。

酔っぱらい運転の車もいない。

詐欺師もいない。


なんと平和な社会。


しかし、今我々はこうした「いやだな」と思えるような事を「知っている」から、無ければいいなと思える。

もし知らなかったら?


戦争も何もなく、そんな事は何も知らなかったら?


平和という言葉すら存在しない。

警察という組織も不要であり、取り締まりもなにも不要。


人々は助け合い、互いに互いを大切にする。


という社会が当たり前。


「善」と「悪」という概念でいやだと思える事を知っている我々からすると

気持ち悪い社会に思える事は無いだろうか?


スタローン主演の映画で「デモリッションマン」という作品がある。

犯罪が無くなった未来社会で冷凍保存されていたスタローンが解凍されよみがえる。

実は地下組織があり、犯罪の無いという社会は区切られたエリアだけの事であったという内容。

犯罪の無い社会のエリアにいる人たちは気持ち悪い感じで描かれている。


まあ、こうした事に興味は持つが、これを何とかしようとかは思わない今の心境。


結局「なぜこうなるのか?」という理由は無く、宇宙かなにかの法則で結果今の状態といった感じだろう。


自分が怒る心境になると、怒りの方向へハンドルを切っているので、さらに怒りの中へ飛び込んでいく状態になる。


気分よく過ごしていると、気分がよくなる方向へハンドルを切り、更にいい気分が続く。


この社会や霊界の仕組みはどうなっているのだろう?と疑問も最近は出てこない。


仕組みがどうなっているのかというより、このまた名前も無い法則がどうなっているのか?

どうすれば、この法則はどうなるのか?


こちらを知った方が、今後この名もない法則を活用し、自我が楽しめるであろう。


気象シュミレーションで、関東に風速100mの台風が上陸する可能性があるという。

先日フィリピンへ上陸した台風は風速90m、アメリカでは年間43本位発生する竜巻が

たった1日で40本発生という状況。


活発に地震活動は続いており、天候は大荒れ世界各地で猛威をふるっている。

確実に地球は動いている、変化しているという方が正しいかという状況。


自我がいくらいいイメージの方へハンドルを切っても、環境自体がこうも激しく襲い掛かってきては穏やかではいられない。

こういった現状の時に、自我を楽しむとは、どういう楽しみ方になるのか?


この考え方自体、どこかに無理がないのか?という事も少し気になる。


ここで、気持ちをもう一段広げて、ま、災害とか事故、病気とかで命が終われば「GAMEOVER」という感じだろうか。


これまでも幾度となく、危険をぎりぎりで回避出来たりしていた実感がある。

解釈の仕方だとは思うが、「誰かが助けてくれた」と思えばその「誰か」に感謝だ。

が、実はぎりぎりでも危険を回避出来たのは自分の選択の結果という事もある。

回避できず大けがという結果もあるからであろう。

実際、大けがや事故で入院とか救急車で搬送とか、一般的な人より非常に多いのは原因不明だ。


これまでの経験でぎりぎりではあるが生き延びたからこのブログを書いている。

そういった危機的状況は「5回」ほどあったのだ。


人間の感覚として思う「いい事」や「楽しい事」、これらは人間として楽しむのであれば嬉しいであろう。


肉体と魂という概念で最近思う事。


[肉体+肉体の意思]←[魂]が重なっている。


つまり、人間は死んだら全て終わりだ、という説もある意味正しいと思う。

その肉体に肉体としての意思があると思われる。

その肉体の意思に重なるようにして魂があり、両方が肉体で経験する事を感じている。


だから、魂としての存在を否定し、肉体の意思だけが自分の存在であると思う人は

肉体が滅びると同時に肉体の意思も停止し、それで全て終わりだと思うのだろう。


魂の存在をなんとなく感じて、目に見えない世界をなんとなく感じている人は

二つの意思のどちらを主眼として捉えるのかを魂側に置いているのだろう。


これまでは肉体側の意思として、魂の世界はどうなっているのか探っていたりしたのだが、魂側の意思に偏ったり肉体側に戻ったりと行ったり来たりを繰り返していた。


肉体そのものは映画で言うと、俳優であり、それを見ているのが魂であるという感覚。


何のためにそうなっているのか、アカシックレコードにアクセス出来ないようブロックが掛けられている以上探れない。


映画を全て見終わると、映画が終わり劇場を出る。

肉体のアトラクションが終わると、肉体から出る。


映画館を出ると我に返る。

肉体を出ると、魂に返る。


その時、「あ〜そういう事か」と理解できるのではないだろうか?


何か目的があるかもしれない。


しかし目的を知っていては目的を達成できない理由があるとしたら?


引き寄せの法則とか色々言われているが、名もない法則はどうやら研究出来るようだ。

この法則を理解して「自我が楽しめる」ようにすればいいのではないだろうか。


新作映画を見ても、友人にラストの展開を言ってはいけない。


これはその映画を楽しみにしている友人への配慮だろう。


自我の楽しみに関して書き始めたが、途中から半分以上自分の意思で無い感じがした。

自分の意思に関係なく、次から次へキーを打ち続けてきた。


特に後半は何も考えず、頭に浮かんだ言葉を淡々と打ち続けてきた。

こうした感覚が「誰かに書かされている」といった他の存在をイメージさせる事に繋がるのだろう。


ずれまくった話を本題に戻すと、自然社会の法則では、何事も行き過ぎては戻るという事を繰り返している。

社会が乱れ、気象が乱れ、ひどい状況になっていっているのも何処かで折り返してくるのではないだろうか?


そして気持ち悪いと思えるような社会から、悪党が湧いてきて社会が乱れる。

この繰り返し。


為替や株式のチャートと同じ動きであろう。


ぎりぎりでもいいから、危険はかわして「気分よく過ごせる」方向へ今は行くのがいいのであろう。


これからはこの名も無い法則を研究してみようか。



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