2013年10月30日

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人は永遠の愛を望む。


幸せが永遠に続く事を望む。


しかし、それはあり得ないであろう。


何故なら、幸せな状態がずっと続いたら、それが平常になってしまうから。


愛を感じ続けていると、それが当然になってしまうから。



不幸を感じる苦しい気持ち、愛してくれる人がいない寂しさ。


どうしていいのか分からない、やりようのない気持ち。


自暴自棄になったり、絶望の淵に立たされたような絶望感。


大切な人との死別。


信じていた人からの裏切り。


まるで知らない人からの突然の攻撃。


理不尽な環境。


書き並べてもきりがないほど出てくる嫌な気持ち。


こうした心境に追いやられたり、意図せず落ちてしまったり。


苦しい気持ちをこれでもか!とばかりに味わってしまった人ほど、幸せや愛を感じた時の衝撃は大きいだろう。



これまで、人間と魂の関係を掘り下げてきて、最近辿り着いた所がこの心の部分でもある。


今現在人間として生きている人が等しく愛を感じたり幸福感を味わえるか?


それは無いであろう。


この辺りが感覚的に謎な部分でもあるのだが。


よく、臨死体験をした人が共通して言う事の中に「大きな光に包まれると、至福の愛を感じた」という体験。


こうした感覚、これは波動というか波長というか暖かいイメージという抽象的な言い方だがこんな感じの存在があると思われる。


そうすると、こうした暖かい波長が存在するためにはこれとは反対に、冷たいイメージがあるのであろう。


そう、人間の感覚として表現すると「暖かい愛の感情」と「冷たい地獄の感情」ともいえる。


全ての世界の始まりは不明である。


そのため、「なぜそうなった?」という疑問は永遠の謎のままである。


しかし、この世界は分離している。


全てが分離して、あらゆるものがバランスを保っている。


水という存在があると、陸という存在があり重力というものに引っ張られ、地球の表面でバランスしている。


重力は何とバランスしているか?


その前に重力とは何か分からない為、話が進まない。。。


しかし、何となく様々なバランスは感じる事が出来るであろう。


何故バランスしているか?


それは、何故分離したか?という無限ループに邪魔されて答えにたどり着けない。


しかし実際は分離し、バランスしている。


何のために?は無いのであろう。


ただ、全てのものが存在してバランスしているだけだ。


あらゆる事象に理由を見出したいという人間の考えは、こじつけたり仮説を立てたり忙しい(笑


「意思を持つ」とはどういうことか?


人間として物事を考えるとき、意思を持ち考えているという感覚でいる。


すると、海の満ち引きも何かの「意思があるのだろうか?」とか考えたりもする。


大昔は、日食で太陽がいつもと違う状況になった時、人々は恐れおののいたと言われている。


現代人は日食をしっているので、観測して楽しんでいたりもする。


しかし人間は「魂」という存在があると思いつつまだ知らないから、様々な仮説を立てたりしている。


そして、人間の感覚として「愛」といいう感覚を味わうと「幸せ」に思えたりする。


しかし、何故「幸せ」だと思えるのか?


生まれたばかりの赤ちゃんは、例え隣で母親が死んでも意味が分からないから無関心である。


幼稚園生位ではまだ人の死は理解できないが、小学生位になってくると、様々な意味を理解出来てくる。


しかし、それは周囲の大人等が母親が死んでしまった!悲しい!と言って泣くから、その感情を子供は覚える。


内戦等で10歳にも満たない子供にマシンガンを持たせている環境の子供は、人の死に対しての感情がまるで違う。


つまり自分が感じている感情はもしかしたら誰かに影響された可能性が大きいとも思える。


自分の心の底から湧き上がる感情、大人になった今では自分の素直な感情だと思っているかもしれないが、実はこれも教育されている可能性も十分あるのだ。


すると、「幸せ」を感じる心、「愛」を感じる心、自然に湧き上がる感情なのか、誰かに教えられた感情なのか、もう自分では認識できないであろう。


更に、小さな事でもそこに感動でき、幸せを感じる事が出来る人は、もしかしたらそうした感情の持ち主から感動の仕方を教えてもらっていたかもしれない。


まあ、人によって根本的な性格も違うし、同じ環境にいたからと言って同じ感情を持つとも限らないが、師は大切であろうと思う。


こうして幸せを感じるという事を覚えたら、その反対の環境に置かれると苦しくなったりしてしまう。


生まれてから生涯ずっと苦しい思いをして我慢の人生を過ごしてきた人が、通り魔に襲われて悲惨な最期を迎えてしまったという事件もあったりする。


こうしたニュースとその生涯を垣間見たりすると、いたたまれない心境になってしまう。


しかし、苦労と我慢の人生の終盤で、とても嬉しい事があり幸福を味わう事が出来ると、それまでの我慢の人生が報われた気持ちにもなる。


それとはまるで逆に、豊かな家庭で素敵な両親の元に生まれ、溢れんばかりの愛の中で育った人もいる。


まるで天使ではないかと思えるような人に成長したりもする。


「幸福」→素晴らしい事(いい事)

「不幸」→体験したくない事(悪い事)


と定義づけされている。


音楽とは、「音」という空気の振動の周波数の組み合わせである。


人間の体も電気信号で動いている。


電気信号も「信号」は電気の周波数がある。


音や振動は周波数の組み合わせで、増幅したり、振幅が変化したり、乱れてぐちゃぐちゃになったりする。


人間のもつ周波数は人それぞれ違いがあり、単一の周波数ではない。


更に人の心境や経験等でも周波数は変化したりする。


そこへ音楽という音の周波数が組み合わさると、気持ちいいと思える周波数があったり、単なるノイズに思えたりもする。


おおよそ人という生き物には「幸福」と言える出来事は「心地よく」感じるのであろう。


そして、「不幸」はノイズとして感じられるのであろう。


こうした事から「幸福」と「不幸」は「善」と「悪」のようなイメージで定着してきたように思える。


今回は、完全に人間としての感情の部分から切り込んでみた。


人間の感情に意味は無く、魂として何か「目的」を持っているのでは?という考えも疑問が多すぎる。



何故それは始まった?


そもそも何故分離した?


何故感情、意思というものが存在するように思える?


こうした事を何故認識できるようになった?


根本的な事がまるでわかっていないので、そこに目的や大いなる意思のような存在を作り出して、無理やり納得しようとしているように思えて仕方がない。


こうした環境を認識できる状態の人間としての感覚、これも教育を受けた結果、知識と感情を認識し疑問を持つことに繋がっている。


今現在の人間の知識だけでは到底理解できない世界が広がりすぎている。


知らないうちに教育された自分の感情に振り回されてもつらい。


かといって、悟りの境地に辿り着くように修行のような事をして欲を無くしても人生つまらない。


苦しみに見舞われてどうしようもなくなった時、精神世界を深く探求してみたくもなる。


探求していくと、最後は「無」に辿り着く。


何も無いのだ。


はたまた欲があり、これを満たそうと精神世界を探求した結果、「無」に辿り着く。


欲を満たそうとするなら欲を捨て去るというか、満たされた精神状態を作り出すと結果欲が満たされるという矛盾のようなややこしい世界になる。


何の目的もなく、それらはそこに「ある」だけなのだ。


それをスルーするのも自由。


それを見て何かを感じるのも自由。


とことん追求して、そこに「ある」だけという所に到達してから、そこに「ある」ものを楽しむのがいいのではなかろうか?


こういう心境に全ての人が到達したら、多分争い事や戦争、略奪、詐欺、泥棒等人が「嫌だ」と感じる事が無い世界になっていくのではないかと思えそうだが、やはりそうはならないだろう。


バランスをどこかで取っている。


「幸福」を感じる事が出来る人がいるという事は、どこかで「不幸」を感じている人がいてこそかもしれない。


こんな単純なバランスではないかもしれないが、文章として書いてみるにはこの程度しか表現力が無いのがもどかしいのだが。。。


今日、何故こうした事を書こうと思ったのか?


本当は今日は何も書くつもりは無かった。


冒頭の10行くらいだけ書いて終わるつもりでいただが、何故か手が止まらなくなり次から次へと書き続けてしまった。


きっとこの内容を必要としている人がいるのかもしれない。


今、そう思えている。


こんな思い付きで脈絡もなく書き続けているブログなのに、毎月数千人の方が訪れて読んでくれているようである。


書き始めてからの累計が数万人を超えている。


義務感も無ければ、無理もない、何なんだろうか?こうした感覚は。


何か大きな意思が働きかけて、こうした役割を私に任せている?


とか、考えてしまうからまた疑問が深まってしまうのだ(笑





本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!


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(01:31)

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この記事へのコメント

1. Posted by 万年   2013年10月30日 18:52
Unknown<br>
>何か大きな意思が働きかけて、こうした役割を私に任せている?<br>
<br>
そのとおりだと思います(笑)<br>
<br>
疑問を持つ・・ということは<br>
すでに潜在意識では答えを知っていると思います。<br>
本当に知らないならば、疑問すら思い浮かびませんから。<br>
疑問と答えは同時に出現しているようです。<br>
<br>
答えを見つけるまでの過程を楽しむ・・・<br>
これが人間なのかもしれませんね〜
2. Posted by 四季   2013年10月31日 02:13
万年さんコメントありがとうございます<br>
答えを知っているのでしょうかね〜?(^^;;;<br>
<br>
何故分離が起きたのか、何故バランスを取っているのか、何故意識という感覚があるのか?<br>
<br>
知りたい(笑)<br>
<br>
答えを探す旅をしているのでしょかね?<br>
<br>
ps.最近チャネが全然できなくなりました。繋がったと思った瞬間にいつも何かしらの邪魔が入り、途切れてしまう。これも何かの意思?<br>

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