2013年09月24日

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世の中には未来を見通せる人がいるようだ。

予知夢であったり、お告げであったりと様々な手法で未来を見る。

サッカーワールドカップの優勝国を見たいとか、オリンピックの開催国は?とか見たいと思う未来を見える人は少ないように思える。


まあ、何を基準に多い少ないを語るのか非常にあいまいではあるが。


どのような理由にしろ、未来が見える。


これは、よく考えるとこれから起こる未来は決まっているという言い方も出来るのではないだろうか?


これまでに様々な事が言われてきた、マルチパターンエンディング、どの未来を選択するかは人間次第。

とか、パラレルワールドで全ての結果が同時に存在するだとか。


確かに未来を「予言」する人の内容が全てその通りになっているパターンは無い。

有名になってしまった人は、何かの予言が的中した人だ。

よく目にするのが地震予知である。日本に居住する人365人が毎日「明日地震が発生する」と言い続ければ、必ず的中する人はいるわけであり、地震大国である日本では毎日のようにあちらこちらで大小様々な地震が発生している。


あとは解釈だ。抽象的な言い方をしていると、「そうともとれる」という表現で解釈次第で当たるという事にもなる。

こう考えると、誰かが偶然的中したという事になる。

本当にこんないい加減な憶測でいいのだろうか?


全く無名の霊能者のお婆さんがいる。霊能力を商売として売り出していない。

実家が建設関係の商売をしているのだが、このお婆さんが、この仕事はやめた方がいい、これは何が何でもやった方がいい、あの人とは深く付き合わない方がいい、等様々なアドバイスをしており、これがまたことごとく当たるので、事業に失敗が無く、栄えているという。


この現象はどう解釈すればいいのだろうか?

世界の権力者も霊能者、予言者等をとても信頼して、重要な決定事項には相談して決める事も多いと聞く。

私も以前お会いした霊能者の方は、日本の総理の相談役として活躍したとう経歴を持っており、総理から重要事項は必ず相談されたという。


これは一体どういう事か?


未来が決まっているのであれば、霊能者に相談する必要もないであろう。

総理自身が決めたことが未来に起こる事である。

しかし、霊能者に相談して決めるという事は、未来は不確かなものであると言える。


霊能者に相談して決める、というプロセスまでも決まっているとしたら?

完全に台本通り事を進めているだけという事になる。

もし台本通りだとしたら、その場、その瞬間で感じたりする経験等も予定通り、ここには魂の修行?も何もないのでは?とも思える。


飛躍した考え方で、例えば恐怖とスリルを味わいたいとう希望を叶えるために、コースの決まったジェットコースターに乗るようなものだろう。


大筋の流れは決まっていて、要所要所までのプロセスは選択できる?

オリエンテーリングをして遊んでいるのか?


本当にマルチエンディングで、全てのパターンが選択できるため、その時その時の決断で未来が変化するとしたら?

予言者等存在出来ないという事になるのではないだろうか?


人類の意識に無意識領域から働きかけて、全体の流れだけをコントロールしているとしたら?その目的は一体何なんだろう?

地球というケージの中で人類は飼育されているのか?

それともどのように動くのか観察されているのか?


しかし、不思議なのは総理の相談役をやっていた霊能者の方の発言や物事を見抜く眼力とでもいうか、実際に見て頂いて、その後言われたことを思い返してみるとズバリである。

まあ、外れている内容も含まれていたので、100%と言えない所がむず痒い所でもあるのだが。


未来を見通すという事は一体どういう事なのだろうか?

こうしたたった一つの事象での判断に誤りがあると、精神世界全体を見渡す見方に狂いが生じてしまいそうと思えるくらい、全体がリンクしているのは実感できる。


昔よく行っていた喫茶店、常連客でピアノを弾いていた霊感の強い友人が突然ピタリと動きが止まった。と、次の瞬間自動ドアがスーと開いて閉じた。

もちろん誰もいないし、自動ドアのスイッチは古いタイプで、マットを足で踏んだ時しか開かない。

ピアノを弾いていた友人は背中越しに、左手で奥のテーブルを指さして「あそこへ座った」と言うのである。


するとカウンターの向こうからマスターの声が「いらっしゃい」そして、だれもいないテーブルへ水を置いたのだ。

この現象は、何度も現場で目撃した。

ピアノを弾いていた友人以外で霊感の強い人だけがいた時も、自動ドアが開くと、同じ場所を指さして「あそこへ座った」と同じことを言うのだ。


この店では他にも不思議な現象が沢山あったのだが、皆慣れているのか、動じない。

この店は私も何年にも渡り、ほぼ毎日通っていた、そして複数の人がそれぞれ同じことを言うのだ。もちろん複数の人たちは、初めての来客の人もいれば常連もいる。

皆が示し合わせて私をかつごうという考えは無意味なので可能性は除外してもいいであろう。


こうした不可解な現象は「そこに見えない何かがいる」と思わせるには十分な出来事である。こうした現象の延長線上に「予言」があり、未来を言い当てるという現象が起きている。言い当てているのか、見せられているのか、詳細は全く読めない。


このテーマも精神世界の根幹に関わる事なので、注目していきたい。

もし、予言というテーマで何か情報をお持ちの方がおられたら、

是非教えて頂ければ幸いである。



本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!


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(23:48)

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この記事へのコメント

1. Posted by 万年   2013年10月17日 19:18
Unknown<br>
未来を見通すというよりは<br>
「そうなるとしか思えない・・・」という<br>
根拠なき自信??が発生したときに、<br>
未来はそのとおりになるようなこともありました。<br>
感覚として、なんらかの情報の<br>
受信をしているのかもしれません。
2. Posted by ゆい   2013年10月17日 22:31
Unknown<br>
画祭のとある映画のチケットが当日まで手に入らなかったにもかかわらず、なぜか私はその映画をかなり前の方で見ている映像が何度も浮かんできたことがありました。<br>
そして、やはりその通りになりました(知人が別のさらに良い席のチケットが手に入ったからと譲ってくれた)<br>
<br>
私の場合、個人的予知と自分の中だけで言っているのですが、こういうことが多々あります。<br>
<br>
目下探究中です。<br>
<br>
<br>
3. Posted by 四季   2013年10月17日 22:44
万年さんゆいさんコメントありがとうございます<br>
以前から何となく思っていたのですが、引き寄せとは何かに興味を持ち、それを欲しいと思う、そして引き寄せる。<br>
<br>
こう考えていました。<br>
<br>
しかし、もしかして未来の展望がある程度決まっていて、その未来に起こりそうな事を察知した自分が、自ら興味を持ったと思いこみ、引き寄せているつもりなのだが、実は実現する事は決まっていた。<br>
<br>
という見方もありますね。<br>
<br>
引き寄せの事例で、何かを「欲しい」と思った時刻、それを知人に「頂いた」時刻、重なっている事が多いのです。<br>
<br>
「欲しい」と思ってから何かが「動き出し」て「手に入る」という流れでは無い事もあるようです。<br>
<br>
でも本人からすれば、「欲しい」と思った直後に「手に入った」、「引き寄せた」と思えるのです。<br>
<br>
この辺り、鶏が先か卵か!?という話に巻き込まれそうですが。。。<br>
<br>
「興味を持つ」という事は実は「未来を察知した」という可能性が十分ありうるという事も視野に入れて探索を続けてみたいと思います(笑<br>

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