2013年09月23日

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前回引き寄せの法則の話に大きく脱線したまま終わってしまったので、その続き。


人は困らないと動かないという性質がある。


お金に困る。

時間に困る。

人間関係に困る。

名誉に困る。

襲来物に困る。

まだ他にも沢山困る。


こうして困った末、何か対策が無いだろうか?と動き出す。


夏休みの宿題、言い尽くされてきた事である。

レポートの期限、原稿の締め切り、経理の月末、皆誰かが決めた期限に追い回される。


日本という国という定義、これを脅かす他の国。


レアアースという希少金属を中国から輸入していた日本だが、中国からの安定供給に大きな不安要素が出てきたため、その対策として商社が飛び回り、代替えのレアアースを調達し、必要量を半分でも同じ性能を発揮する製品を技術者が開発しと日本の民族はこの危機に対する対処に物凄い能力を発揮する。


国という単位で区切った場合、日本の人は凄い!

凄いという表現を使うと言う事は、凄くない国もあると言う事。


こうした積み重ねが国の力というものに繋がっている。


では、単位を個人に拡大して見てみよう。


誰かが決めたルールの中で、時間を使い、誰かが決めたルールの対価としてお金をもらう。

誰かと誰かのやり取りなので、当然人間関係も出てくる。


「お客様は神様」古来日本ではこういわれていたが、他国ではそうではない所も多い。

あるお店ではお客様だが、そのお客は別の場所ではお店の人であったりもする。

ぐるぐる回っているのだから、元来どちらが上という発想も変に思える。


まあ、気持ちよくその場を回すために「神様扱い」しておくと納まりがいいのかもしれない。


このぐるぐる回るサイクルから外されてしまう事がある。解雇であったり。。。


すると外された人はお金が回ってこない。

生活するのにお金が足りない。

何か仕事を探そうと動き回る。


でもなかなか見つからないのが今の時代。

そこでふと思う。


「これは何かの試練なのだろうか?」


「ここでお金が足りなくなるのは何かに気づかせるためのメッセージなのでは?」


「そうだ、神社へお参りに行ってみよう」


こうした流れになる人もいるのではないだろうか?


又は仕事を探し回る人もいれば、保険等でしばらくのんびりしてしまう人もいるだろう。


私自身もこうした経験があるのだが、必死に仕事を探し回っている時には空振りばかり。


ふと申込みを出しておいた所から忘れた頃に連絡があり、すんなり決まったり。


非常に不思議な流れがそこにもある。


こうした不思議な流れがあるから、社会が成り立つのか、社会という流れがあるから人の「思い」でこうした流れが出来るのか?


ここも今現在社会が機能して動いている以上分からないであろう。


こうした誰かが決めたルールの中で動くという発想を全て取り払ったら人はどうなるのだろうか?


これまでも同様の内容を書籍にしたものが多数ある。


社会からお金という概念が消えたら。。。


お金の概念を知っている人では混乱するだろう。


しかし、生まれた時からお金等という存在を知らなければ自分の親がやっていることを手伝ったり真似したりしながら大きくなっていくであろう。


食糧を自分で調達する。

水を川からくんでくる。

雨や露がうっとおしいので家を作る。

風邪をひいてしまったら、治るまでじっとしている。


原始的と思える生活になるであろう。

言葉も確立されていなければコミュニケーションが難しい。

「あー」「うー」といった音で以心伝心を図ろうとする。


やはり自分で全てをこなすのは限界があり、それ以上にはなかなかならないであろう。


大抵の人が知っているように、こうした不便を皆で協力し合いながら文明が発達していく。

同じことが繰り返されて行く。

そして現代社会になっていく。


これは人間という生物に意思があるという事を仮定しての事。


自然に放置してあれば、人間はやはり同様な社会を構築していくであろう。

そして誰かがルールを決め、雁字搦(がんじがらめ)になっていく。


その雁字搦めの不自由の中で、起こって来る欲求を満たすため様々な努力を行う。

「努力」これが自然社会の成り立ちの中で皆が自然に思う事であろう。


こうした長い年月をかけて出来てきた人間社会、果たして自然に発生して出来上がったものなのか?


それとも「神」と今呼んでいる何かがコントロールして導いてきたのか?


この一人ひとりに魂を宿らせ、何かを感じたり修行させたりするための存在があるのか?


地球外生命体と言われている存在が、観察するために飼育しているのか?


確かに今現実的に人間として生きていて、説明がつかない出来事が多数ある。


それらを客観的に観察していると、どうも何か別な存在がありそうに思えてきたりもする。


ここまでの話は、これまでも散々様々な角度から掘り下げてきたのだが、結局魂のアトラクションという所で一旦は落ち着いた。


しかし、それ以外にまだ何かありそうだ。


法則とまではいかないまでも、傾向がありそう。


この傾向という部分にもう少し焦点を当てて、現実社会で起きている不思議現象をもっと掘ってみたい。


精神の世界という未知な分野は確立されているようで、実は全然であるように思えて仕方がない。


もし今の霊能者や宗教の人、お寺の僧侶等が言っている事が正しいという事で、私の考えが間違っており、社会に混乱を引き起こすという事で「害」だとしたら、天罰のような事が起きたり、ブログを書けなくなってしまうとう妨害工作があったとしても不思議ではないとも思う。


得体のしれない何かに「コントロールされる」という事、本当なのか?


実は無意識にコントロールしているのが自分なのか?


もっともっと掘ってみよう。




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