2013年03月05日

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映画を見ていて久しぶりに大きく感動した。

映画を見るという事は、人の人生を見るという事。

人類は映画が好きである。

小説、漫画、とにかく人の人生を見る。

そして一緒に感動したり、感情移入したりする。

もしかして。。。

ふと思った事。

映画はリアリティがあればあるほど引き込まれてしまう。

しかしストーリーは出来上がっている。

制作の段階では、CGを使ったり、どんなことでも映画の中で実現できる。

が、出来上がってからではストーリーは変えられない。

同じ映画を何度も見ているとストーリーが分かっていても見てしまう。

例え次のシーンで登場人物が死ぬと分かっていても「見ている」。

魂という存在があるとしたら。

人間界というこの世界は、究極の人生経験ワールドではないか?

スピリチュアルの世界でも散々言われている事ではあるのだが。

ストーリーが決まっていない、臨機応変に変化できる「究極のアトラクション」。

映画で他人の人生を見るだけという形から究極に進化したというのが正しいか分からないが、人の人生を見るだけにとどまらず、「なりきって体験できる」世界。

こうしたアトラクションを楽しんでいる「魂」は物理的に制限のある人間界で「魂自身」が楽しんでいるように映画を楽しむ。

とにかく人の人生を見るのが好きであり、なりきって体験するのも大好きという特性を持つのが「魂」という存在なのではないだろうか?

だから、時にドラマティックな奇跡が起きたり、不思議な事が起きて様々な体験を楽しめる。

この種明かしをしてしまうとなりきっている自分が白けてしまうから、分からないような仕組みになっている。

分からないと知ると更に好奇心が旺盛になるが、決してそれは分かる事は無い。

悲劇のヒロインが登場する悲しい映画でも、人は好きで見ている、そして一緒に涙を流す。

感動することが好きなのではなかろうか?

初めて経験する事は緊張と感動がある。

あらかじめ知っていてはつまらない。

だからどんな人生でも構わないのだろう。

悲惨な目にあっても、幸せになっても、大成功しても、平凡でもなんでもいいのだ。

とにかくこの世界を体験したい。

修行などと思いこんで、修行の道に専念するのもなんでもいいのだ。

様々な回り道をしてきたが、やはりこう考えるのが無理が無い。

こうした理由が分からない人がいて、悩んでいてもそれでもいいのだ。

人の人生を見るのが好き、体験するのがもっと楽しくて好き。

これが「魂」の正体だろう。

霊能者がいても惑わされても、適当な事を言っていてもいいのだ。

このアトラクションは時間制限があって、その時間内にどれだけ楽しめるのかは各自自由だ。

また、体験用の乗り物である人体も時には故障したりして、アトラクションが中止になる事もある。

どんな楽しみ方をしてもかまわない。

多分このアトラクションを管理している部署があり、他の魂の楽しみを妨害してしまうような行為に対してはストップがかかるようになっているのだろう。

これまでブログで書いてきた、「殺されてしまった人やその親類」に対してこんな事を言えるのか?

という疑問もあったのだが、それもアトラクションの登場人物になりきって楽しんでいるので、それを邪魔してはいけないのだ。

何のために記憶を消して生まれてくるのか?

生れる前の事を覚えていたり、前世を覚えていたり、生まれた後に予定していた事を知っていては楽しめないからだ。

人間として映画を見ていると、悲惨な映画でも好きな人は好きであり、ホラー映画も凶暴な映画も見るのが好きなのだ。

そして映画の中に自分が入り込んで、その好きな世界で好きな事が出来れば最高であろう。

自分以外の「魂」のアトラクションを邪魔さえしなければ自分という「魂」はどのような楽しみ方をしてもOKだろう。

今、人間として生きているという感覚を持っている人生が全てだと思える、そんな究極のシチュエーションが人生ゲームを楽しみめる条件であろう。

これまで様々な角度から、探ってみたが、どれも正解とか不正解とかではなく全部あり。

これは究極の人生ゲームであり、アトラクションである。

その瞬間瞬間を感じる事。

楽しい事、悲しい事、幸せな事、悲惨な事、理不尽な事、嬉しい事、心が感じる事が全ての目的。

自分がどんな人生を過ごすことになるのか、おおよその計画はあるだろうが、それは現地(人間界)で臨機応変に変化出来る。

多少の変化はあるだろうが、それも自由に選択できるのがこのアトラクションの素晴らしい所。

映画を見るだけではなく、その世界に入り込んで自分がその世界で自由にその世界を楽しめる。

だから、色々な映画を見てみたいという欲望と同様に色々な人生を体験して見たくて、何度も輪廻転生してくるのだ。

過去の経験を覚えていては新しい人生を楽しむことは出来ない。

映画を見たくて、が人生を経験したくてになっている。

だから全てありなのだ。

何をどう思おうが、解釈しようが、なんでもありなのだ。

深く考えても、さらりと流しても、意識しなくても楽しめる。

スピリチュアルの世界で、人体に障害を持って生まれてくる魂は「格が高い」とか言われていたが、それも格とかの話では無く、体験してみたいという思いからであろう。

このブログの意見に反対意見を持つ人もOK。

反論してくるのも、賛同するのも、プチッと消すのもなんでもOK。

人生に疑問を持って、そこに絡まってしまった人はこのブログが役に立つかもしれません。

アトラクションの登場人物は全てフィクションであり、実在の「魂」とは何の関わりもありません。

こうしたテロップが最後に流れている事でしょう。

私なりの考えが終着地点にたどり着いてしまったようなので、多分今後このブログが更新されることは無いと思われます。

コメントを頂いた場合は拝見させていただきますのでご心配なく。

それでは皆さん、それぞれの人生を思い切り楽しんでください!!



本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

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(14:42)

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この記事へのコメント

1. Posted by S   2013年03月05日 16:54
Unknown<br>
ゲームには必ず制限(ルール)があります。<br>
制限(ルール)があるからゲームとして成り立つものでしょう。<br>
将棋も相手の王を取るのが目的ですが、ルールが無ければ先に手で摘まんだ方が勝ちになります。歩は一つしか前に進めない等複雑な制限(ルール)があってこそゲームは楽しく、そして奥深いものとなるものですよね。<br>
人生をゲームとすれば、まさにこの制限(ルール)だらけでしょう。<br>
四季さんは四季さんなりの結論に至ったようで、それもまた四季さんの悟りなのだと思います。<br>
私も四季さんの結論には賛同します。<br>
ですが、まだ何か奥にある気がするのです。<br>
この人生ゲームの制限(ルール)は誰が決めたのか?ゲームの中の主人公達が少しずつ変えていくのか?それともプログラマーが決めるのか?<br>
プログラマーの雇い主はいないのか?<br>
究極の目的はただ経験し楽しむだけなのか?<br>
その奥に隠された目的があるのではないのか?<br>
そんな疑問も常に頭に過ぎります。<br>
その疑問すらも人生ゲームの中の一つのイベントと言われればグーの音も出ませんが(笑)<br>
<br>
四季さんが筆を置くのはまだ早過ぎると思うのは私だけではないと思います。<br>
何れにせよ、沢山の気付きを与えて頂きありがとう御座います。<br>
これで終わりと言わずに、分野を問わず様々な四季さんのブログを読みたいと希望するものです。<br>
四季さん、ひとまずお疲れ様でした。
2. Posted by 四季   2013年03月06日 01:09
Sさん コメントありがとうございます<br>
私が思うにルールは物理学の法則でしょうかね。<br>
たまにルール違反している時もあるようですが(笑<br>
<br>
そして、プログラマーの雇主、ゲーム進行の修正、方針転換、主体はだれ?<br>
<br>
これは私も散々探索しました。<br>
<br>
結局全てを忘れて楽しんでいる(体験している)ので、ゲームが終了すると思いだすような仕組みになっているのではないかと思っています。<br>
<br>
>その疑問すらも人生ゲームの中の一つのイベントと言われればグーの音も出ませんが(笑)<br>
<br>
これは大笑いさせていただきました(笑<br>
<br>
筆を置くのが早すぎる、という言葉、大変心にしみます。<br>
ブログを書いていてこれ以上無い賞賛の言葉と理解しています。<br>
<br>
ありがとうございます<br>
<br>
もし途中で何かを思い直し、突然更新するかもしれませんが、これまでも何の計画性も無く、毎日書きたくてという湧き上がる欲求のままに書いていたので、今後もすみません、自分自身わかりません。<br>
<br>
というのが今の本音です。<br>
<br>
これまで、ありがとうございました。
3. Posted by 園子   2013年03月06日 08:12
Unknown<br>
お久しぶりです。<br>
<br>
四季さんのお書きになる記事、毎回大切に読ませて頂いてきました。<br>
お疲れが出るころではないかと・・・とも思っていました。<br>
また心が呟きだすまで、のんびりなさるのが善いと思います。<br>
進むも休むも辞めるも、ご自分のブログですから。<br>
ブログ村ランキングは外れ<br>
マイペースに記事更新だけに利用する手もありますし。<br>
<br>
Sさんのコメントにとても共感します。<br>
四季さんも心根は近似値ではないかと思うのですけど。<br>
<br>
懸命に模索するのを辞めさせようとするのも<br>
スピに関わってしまった人達が苦しむトリップでもあるような。<br>
「考えるなーただのゲームだー」と必死に刷り込み<br>
「俺だけについてこーい。本を買えー講演会へ来いー<br>
 そしたら俺が教えてやるー!」<br>
なんでやねん・・・みたいな 笑<br>
<br>
メルヘン少女のなれの果ておばちゃんの戯言<br>
あくまで比喩的表現ですが。<br>
<br>
携帯電話は、自分には電話かけられませんよね。<br>
PCメールは、自分宛てにメールできます。<br>
糸電話は、紙コップを持っている2者同士しか話せません。<br>
<br>
携帯やPCは確かに確実で便利です。<br>
でも<br>
携帯電話=安易なチャネリング。<br>
実はかけらないはずの自分の意識=既成概念と話している。<br>
&海賊電波こっそり多数参加。<br>
<br>
PCメール=人間の集合意識。<br>
無限にあるアドレス集合住宅の「町名くくり」への発信。<br>
=個人名不明。<br>
<br>
一番頼りなくアナログで簡単に握りつぶされそうな糸電話<br>
=ハイヤーセルフ的な自分=心<br>
=既成概念のない純朴な命のままの自分<br>
=生まれた瞬間から繋がっているもの。<br>
<br>
ではないかな・・と思っています。<br>
<br>
海賊電波に完全制覇されている世界ですから<br>
大人になってから糸電話を意識上で通話可能にするのは至難の業ですが<br>
必ず繋がり続けている。<br>
と、私は信じて生きています。<br>
それが、今、命がここに在って生きている、ということだと考えています。<br>
<br>
つまんない私説で書くのを何度もためらったのですが。<br>
<br>
どうぞ、ゆっくりお休みください。
4. Posted by 123   2013年03月06日 11:15
Unknown<br>
筆をおかれるとの事・・ 一旦 と受け止めている私です。<br>
<br>
ある方に教えてもらい訪問させていただいた四季さんのブログ。<br>
四季さんを物語るかのように、素晴らしい探求者の方々がコメントから<br>
沢山の知恵をみせてくださってたように感じています。<br>
そこいらにある、薄っぺらさがなくて好きでした。<br>
<br>
私個人的には、今の解釈で区切る(やーめた!)のは<br>
これからの四季さんがますます楽しみになる部分でもあります。<br>
<br>
問題や疑問を増やすことで陥りやすいスパイラルを絶つことは、<br>
もっと内から出てくる本質の疑問を呼び起こすことになるからです。<br>
<br>
<br>
気長にまた書き始められることを楽しみに覗かしていただきます。<br>
ありがとうございました。
5. Posted by 四季   2013年03月07日 01:26
園子さん コメントありがとうございます<br>
そろそろ疲れが出るころ。。。疲れたからでしょうかね?<br>
自分では何かたどり着いたような感じなのですが。<br>
まあ、一時的な錯覚かもしれません。<br>
<br>
これは時間が経過してみないと自分でも分からないですね。<br>
<br>
幸いにも私には常に頭の中で声がする状態ではないので、自分の判断(だと思っている)で終結できたと思っています。<br>
<br>
また湧き上がるものがあったら、その時はまたよろしくお願いします。<br>
6. Posted by 四季   2013年03月07日 01:29
123さん コメントありがとうございます<br>
むむむ、やはり期待されているようですね。<br>
それはそれで非常に嬉しい言葉です。<br>
ありがとうございます。<br>
<br>
走りっぱなしよりも、一度立ち止まってみるのも新たな発見に繋がるのでしょうかね?<br>
<br>
その時はまたよろしくお願いします。
7. Posted by 隣の誰か   2013年03月07日 05:00
Unknown<br>
ここから先はスピ話が実現したら、って感じかな<br>
実現というか、マイノリティからマジョリティになったらか<br>
マイノリティのままじゃ今まで通り趣味の粋から出る事はない
8. Posted by 四季   2013年03月07日 23:21
隣の誰かさん コメントありがとうございます<br>
私の場合、少数派だから趣味の領域とか、多数派だから正しいとかという分類は考え方として違和感を感じてしまいます。<br>
地球は丸い!と大昔のほとんどの人の意見に反する主張でも結果正しい事はあると思っています。<br>
<br>
そうした偏屈な性格もあって、スピリチュアルという世界のまことしやかに語られる話に疑問を持ってしまったのです。<br>
<br>
まあ、これで商売をしているわけではないので趣味の世界と言われれば、そうした分類でもあるのでしょう。<br>
<br>
私自信はそうしたカテゴリー分けをしておらず、ブログに書いてみた。というだけの事でしたが。
9. Posted by 由良   2013年03月08日 17:28
Unknown<br>
こんばんは。<br>
<br>
>アトラクションの登場人物は全てフィクションであり、実在の「魂」とは何の関係もありません。<br>
<br>
<br>
この表現凄くイイですね。笑っちゃいました(^_^)<br>
<br>
この世は幻想とか、スピリチュアルな世界で結論だけ言われてハァ?ってなっている人にも解りやすいと思います。<br>
<br>
<br>
それだけに、ブログの停止は惜しまれます。<br>
<br>
<br>
四季さんは私とは違う方向性の探求の方だったので、とても参考になりました。<br>
短い間でしたけどありがとうございました。
10. Posted by 四季   2013年03月09日 10:20
由良さん コメントありがとうございます<br>
時間が経過してから自分でこの記事を読み返しても、面白いと思ってしまうほど感覚って変化していくものですね。<br>
確かにこの「アトラクションの登場人物は・・・」の所は自身でも笑えます(笑<br>
<br>
もし復活するような事があったら、その時はまたよろしくお願いします。
11. Posted by JUN   2013年03月12日 08:46
Unknown<br>
私も全く同じ考えに行き着きました。<br>
善も悪も無い、ただ在って事が起こっているだけ。そして、それが愛と言われるもの。在ること自体が愛。どう思おうが、どうなろうが、ただそうしたいからしているだけ。<br>
何でもその気になれば経験できる場所を与えられ好きなように生きられる。素晴らしいですよね!<br>
そして、それをどの位置で俯瞰して見るかで、楽しみ方も変わってくる。<br>
元々は一つ。魂に上下も何もない。<br>
こう言う想いに行き着いて、しばらくは何もする気が起きなくなりましたが、今ではまた、どっぷり3次元を楽しんでます。以前より少し気楽になって。
12. Posted by ありす   2013年03月12日 10:12
ありがとうございます<br>
いつもここへ来るのが楽しみです<br>
ほっとします<br>
<br>
そして これからも楽しみにまってます<br>
ありがとうございます<img src=http://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_fine.gif>
13. Posted by 四季   2013年03月13日 10:10
JUNさん コメントありがとうございます<br>
同じ感覚になっておられる方がいるというのはなぜか嬉しいですね。<br>
私もこのブログを書きながら、無力感と無気力に陥りましたが、その後「割り切り」の感覚が出て来て、逆に今では本当に楽しんでいます。<br>
<br>
この感覚、いいですね!
14. Posted by 四季   2013年03月13日 10:15
ありすさん コメントありがとうございます<br>
やすらぎを見出してくれていたのですね、嬉しい言葉です。<br>
皆様から暖かいコメント頂いて、今後も期待されている方が多いのだと実感しています。<br>
今後どうなるかは、まだ決めていません。<br>
ブログなので、気持ち次第という事になるのでしょうから、そうした気持ちが湧き上がれば、また再開することもあるかもしれませんが、コメントだけはしっかり読ませていただいております。<br>
15. Posted by しま   2013年04月22日 03:27
こんばんは!<br>
こんばんは!始めまして!ここにこのようなこと書いてしまってご迷惑になってしまったら申し訳ありません。ご迷惑でしたら、すぐコメント削除をよろしくお願いします!<br>
自分は年は27で東京に住んでいて普通のサラリーマンです!<br>
ですが母方の曾祖母が霊媒師みたいなことをやっていて、父親にも見る力があり、自分自身も小さい頃から色々と不思議な体験をしてきました!二人には何も教わっていないのですが、自分もやはりすべて納得して信じられるような霊能力者には会ったことがなく、我流で色々と仮説をたて考えています!そして今日このブログを発見して読ませていただきとても色々と詳しく書かれていて勉強になりました!<br>
もしよければ自分の体験したことをお話しして、少しでも研究に役立てていただけたらなと思いコメントをさせて頂きました。<br>
<br>
<br>
16. Posted by 四季   2013年04月22日 14:14
しまさん コメントありがとうございます<br>
全然迷惑なんかではありません。<br>
私も少なからず不思議な体験をしておりますので、是非他の方の体験を教えて頂けると、嬉しいです。<br>
今の所ブログも一段落して更新はしていませんが、日々意識を向けてはいます。<br>
公開できる範囲で、また非公開ならという事でも構いません。<br>
是非よろしくお願いします。
17. Posted by まみ   2013年07月31日 12:34
Unknown<br>
こんにちは。<br>
<br>
・・・・魂の体験型アトラクション・・・。<br>
つまり、魂が、その場その場の刺激を楽しむだけ・・。ただそれだけ・・。<br>
目的も何もなくて、ただただ、それだけ。<br>
本来魂は、なんでも出来るから、それがないと、つまらないから?暇だからですか?<br>
暇つぶしの輪廻転生?これが答えでしょうか???<br>
それが事実なら、いや真実なら。<br>
それに乗っかる以外、ない、それを拒否というか、もういっか・・という時が、解脱と言われる、元の姿に戻ること・・なのですね?<br>
そして永遠に存在し続ける、ただそのまま存在し続ける・・・。ただ在り続ける。<br>
そこんところが、聖人が「全ては私(それ自身)が作った幻。それに惑わされずに、ただ、「私は在る」それだけを思いなさいということでしょうか。<br>
18. Posted by 四季   2013年08月01日 23:35
まみさんコメントありがとうございます<br>
思いなさい、という義務というか命令的な感覚も無いと思っています。<br>
義務とか命令って、我々人間の感覚で言うと、誰かが迷惑したり、何か目的があってルールを作る、それを皆で守るというイメージなのですが、そうしたことも無いのでは?と感じているのです。<br>
何かを「やってみたい、体験してみたい」という欲望があるのであれば、やるのは自由だしやめるのも自由。何の制限も無いんだろうな、という感じでしょうか。<br>
<br>
人間は生まれた時から「働かざる者食うべからず」などと洗脳され、学生は勉強して、とか当たり前と思いこんでいる事は、物理的制限のある人間という生物が存続するために有った方がいいと思われているだけなのかもしれません。<br>
<br>
魂の世界が実在するとしたら、その魂には「死」という人間のような寿命が無いと考えられており、食事や睡眠等も不要では?と思われています。つまり永遠の思考。<br>
<br>
その中では、何の義務も不要であろうと思われています。そんな自由すぎる魂の存在に「飽き」が来て、退屈となり、制限のかかったゲームを楽しむというイメージが人間界なのでは?と考えているのです。<br>
<br>
これも推測であり、チャネリングとして霊界の方々との会話では、もう少し「人間界に意味がありそう」な事も言っているようですが、そうして存在感を示しているだけでは?という考えもあり、全てを受け入れる事も出来ない状況です。<br>
<br>
こうした考えを書き始めると、また長くなり、同じような事の繰り返しになる恐れがあるので、このあたりで切り上げます。<br>
<br>
また何か思う事があればコメント入れてみてください。<br>
19. Posted by まみ   2013年08月02日 11:20
ありがとうございます。<br>
四季様、ご返答ありがとうございました。<br>
私の悪い頭で、今理解している「悟り」というものが、確かに「ただ永遠に在る」という、それだけ?って思っていたところで目にした四季さんのこのブログの文章。<br>
衝撃を受けてしまいました(笑)<br>
暇つぶし???やっぱり??というか、じゃあ・・どうしたら??という戸惑い・・・。<br>
楽しみたいから人間やっているかもしれない今。人間として生きていることに疑問を持った自分が、悟りの世界に入ることは、振り出しに戻る、また退屈そのものになること??<br>
一体どうしたらよいのだろう?<br>
すべてが自由で、かつ永遠に存在するとしたら。。<br>
全ては幻なんだと本当にそうなんだと知ってしまったら。<br>
ごめんなさいちょっと唖然としてしまって・・。<br>
アトラクションを管理しているのも、この流れから行くと、「私自身」ということになりますね・・。<br>
え・・・・。<br>
すごい孤独。<br>
これが神の正体??まさか???<br>
支離滅裂になってしまいましたが・・・。<br>
さて、どうするか??と・・・。思っているところです・・。<br>
<br>
20. Posted by 四季   2013年09月22日 23:19
まみさんコメントありがとうございます<br>
しばらく時間が経過してみましたが、ここまでいかがでしたでしょうか?<br>
一時ものすごく不安になったり、孤独感を感じたりという経験は私もありました。<br>
しかし、時間の経過と共に考えに変化が出たり、環境が変化したりと自分を取り巻く環境は動いています。<br>
<br>
立ち止まっているように思っていても実は何かしら動いていたりするので、感じ方考え方も変化したりしているのではないでしょうか?<br>
<br>
そんな心境の変化を、こうして文章に残してみると、気が付かなかった事に気が付いたり、見過ごしていた事が目に留まったり、何か面白くなってきたりもしますね。<br>
<br>
見てなかった世界、感じてなかった環境、探索してみてください。<br>
<br>
期待しないで見ていると、発見があって面白いかも。<br>
期待すると、つまらなくなっちゃうかも。<br>
<br>
何かで楽しめたらいいですね!<br>
21. Posted by まみ   2013年11月06日 13:44
うーん・・。<br>
面白いからとか、刺激とか。実はそうかもしれないと思っていても、せっかくここにいるのだから、なるべく心地よく過ごしたい。そう思っています。理屈なんてもうイイヤ!みたいな(笑)<br>
わかってもわからなくても、でしょうか。<br>
ただ、今自分がパソコンに向かってこんなふうに読んだり書いたりできる環境にあることに感謝。普通に生きていられることに感謝。そう思っています。<br>
スピと関係なくてごめんなさい。私も散々悩んで生きてきたのですが、いいや!が今の結論です。<br>
四季さんは探求者なのですよ、きっと。そういう魂なのでしょう。
22. Posted by 四季   2013年11月08日 11:04
まみさんコメントありがとうございます<br>
「理屈なんてもういいや!」 これ、私も大賛成です。<br>
私もこの開き直りとでも言いましょか、この感覚に辿り着きました。<br>
そんな気持ちをベースに物事見ていると、妙にこだわりや執着心の強い人を見かけた時、笑顔で応援してみたりしています。<br>
社会の見え方が変化したというか、社会は変化してないのにまるで違う世界に見えてきて面白いです。<br>
気楽になりますね。<br>
最近はそんな気楽な心境で探求を続けています。<br>
人の心って何?という部分から関連しているので、これもスピの一種ですよ。<br>
と、そんな区別もスピの罠?(笑

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