2013年02月16日

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様々な苦難に溢れる人間社会で、生きていく為に皆苦労している。

身に降りかかった苦難を乗り越える為の一つとして「解釈」があるだろう。

「解釈」はどのような効果があるのか?

「何故自分だけがこんな目に・・・」という状況になってしまった場合など、その事に「何かしらの意味」を求め、自分を納得させる。

この「納得」出来る事が心を落ち着かせるには必要であろう。

事件や事故、災害等で激しいノイズが発生しても、時と主にノイズは減衰し消えていく。

爪痕やトラウマ等を残すかもしれないが、それでも激しいノイズは減衰していく。

自分にとってこのノイズの出来事が「実は自分の為」に起きたことと「解釈」することが出来ると人は前向きになって元気を取り戻すことが出来る。

輪廻転生という言葉について様々な解釈はあると思うが、ふと思った事。

それは、「最短の輪廻転生」は「一晩眠る事」。

睡眠時間はなぜあるのか?

ひどいショックを受けても一晩眠ると、少しは落ち着く。

ショックの記憶はあるが、起きた直後にはショックは消えている。

ほんの少し時間が経過して「覚醒」してくるとショックを思い出す。

すると昨日の事が鮮明に思い出されて、感情が昨日の状態へ戻ってしまう。

そう、過去の出来事を思い出すのだ。

思い出して、感情もその状態へ戻っていく。


剣道という武道において、「達人」と呼ばれる有段者は、何故達人なのか?

剣道は、試合前も試合後も正座して心を落ち着かせている。

特に、試合が終わった後の正座の時間は本当に凄い。

ここで、先ほどの試合を頭の中で思い出している。

達人になればなるほど、この思い出している状況で正座しながら「心拍数」「発汗」等が試合の時と同じ状況になり、正確に再現できる。


「拷問」という昔行われていた行為でも、同様な事が記録されている。

散々拷問され続けて、目の前で「火鉢」に鉄の棒を入れ、真っ赤になった鉄の棒を拷問されている人の目の前に近づける。

すると「熱さ」が空気を伝わって顔に感じる事が出来る。

これを「押し付けるぞ!」と言葉で脅し、背後に回り背中へ「木の棒」を押し付ける。

勿論木の棒なので熱くもなんともないのだが、拷問されている人にはイメージで「熱い鉄の棒」なのだ。

「ぎゃぁぁ〜〜〜」という悲鳴を上げ、気の棒を押し付けられた背中には「水ぶくれ」が出来たという。


人の体は心が支配しているので、騙されても素直に反応するのだ。

単なる小麦粉が、環境と説明で物凄く治療効果を発してしまうという有名な話もある。

人は「心次第」なのだ。

思い出せば、その時の感情が蘇る、何度も何度も思い出していると脳の中でその記憶の回路が増強されて、より思い出しやすい状況を生み出してしまう。

「気を紛らわす」という言葉があるように、ショックな事は忘れるに限る。

忘れるにしてもショックな事の詳細は情報として残れば、次回同様なショックは回避できる可能性が高い。

だから、忘れるのは「感情」の部分だけでいいのだ。

一晩眠る。

翌日には別の心になっていればいい。

人生を終える、転生してきたら別の人になっている。

ショックな事は忘れていればいいのだ。

過去世で何があったのか、思い出すことが出来た場合でも「その時の感情」だけは忘れていれば「今、動揺しない」で済む。

これまで言われてきた輪廻転生が、真実だとしても過去世での出来事でショックな事は「感情」を置いてくる。

こうすれば、言われている「カルマ」という表現のような事も、無くなるのではないだろうか?

一晩寝た「輪廻転生」でも「トラウマ」として残らないように出来るではないか?


輪廻転生してくる目的がまだはっきりわかっていない。

仮に「人生での経験をするため」としたら、刺激となる出来事が必要であろう。

刺激を受けるためには、その内容を「知らない」ほうがいい。

初めての出来事だから「感情」が動かされ、喜怒哀楽が生まれてくる。

では「悟り」という感覚はどう捉える事が出来るのか?

「落ち着いている」「動揺しない」「さらりと流せる」等、心が乱れない状態になっているという表現がいいのだろうか。

子供の状態で「悟った」ような状態ではびっくりしてしまうだろう。

人間として人生を経験したいという目的であれば「悟り」は必要ないという考え方も出来る。


興味津々な子供が徐々に大人に成長していくにつれ、ひどい事の経験もし始める。

それでも生命力の後押しと好奇心が旺盛で、様々な事にチャレンジしていくだろう。

何度も壁に当たり、他人に邪魔され、心を痛めながらも挑戦は続く。

挑戦する人生を選択しなくても、大人になると「恋愛感情」が生まれたり、「結婚」という「挑戦」をしていく。

こうした中で、年齢を重ねるうちに生命力も弱くなり「耐性」が落ちてくる。

すると、それまでは乗り越えてきた障害や、忘れられないショック等を心の中で整理する為に(心を落ち着かせ鵜)は、「解釈」が必要になってくる。

「生命力」が落ちた分、心は平穏になり、様々な経験により大方の事には知識と耐性を持てる。

すると、落ち着いたまま事態を解釈し、心を動揺させることが無いように持っていけるようになる。


こうした見方をしてみると、スピリチュアル的な解釈ではなく人間の特性が積み上げてきた経験の流れを表現しているだけのようにも見えてくる。


以前も書いたが、人は何らかのネットワークで情報を伝え合っていると考える事が出来る。

人間が技術的に解明して利用できている「電波」等とは違う、まだ未知な伝達方法もあると思われる。

この未知な伝達方法がスピリチュアル的に言われているだけであり、もしかしたら「霊界」などという存在は無く、この人間のネットワークという中に、何か全ての情報が蓄積されているのではないだろうか?

過去の人生も、過去に生きていた時の人々に情報は伝わっており、それが現在にも伝わって生きている。

そうした知識の集合体が「全体意識」として言われているのではないだろうか?

これまでは「魂」という存在が媒体として全体意識と交流してきたイメージで言われているが、魂とかの存在は人のイメージの中だけに存在するものであり、実は生体ネットワークが存在しているのではないだろうか?

こう考えると、輪廻転生等という現象は全く無いと考える事が出来る。


大胆な仮説を書いてみる。

意思を持って動く者をなんとなく「生命」と定義付けてきたが、地球も動いており、地殻変動もありマグマの流動と共に大地を動かしている。

ここに人間のような「意識」があるように見えたりもするが、法則に乗っ取り動いているだけのようにも見える。

大地に転がる「石」もマグマに飲み込まれたりすると、溶けてその形状を変化させる。

惑星も寿命を迎えると爆発したり縮小したり、太陽のような強大なエネルギーの惑星に飲み込まれたりと変化する。

法則に乗っ取り変化している。

この変化する状態は、人間も動物も同じように法則に乗っ取り「生れ」「成長し」「衰退し」「寿命を迎える」。

このある一定のエリアで変化する動物や植物の特性は、月の周回軌道の引力で海の水に満ち引きが発生し、かき回された結果の反応から生まれていると考えられている。

この変化から発生した生物の特性として持っている伝達手段がまだ解明されていないのだが、これを「テレパシー」と呼んでみる。

地震の発生が近いとき、大地からのテレパシーを読み取り、野生動物たちは落ち着かなくなり、避難を始めたりする。

このテレパシーという現象は減衰しないでその場に留まる事も出来る。(仮説です)

人が悲惨な最期を遂げた場所にそのテレパシーが残留すると、その場は「いや〜な空気感が残る場所」になる。

また、人々の思った事がテレパシーとして発信され続けているので、その情報が何かの法則に乗っ取り「集まってくる」(集合意識?)

集まった気持ちや経験、感情などが、例えばそのエリアの上空に集まっていると考えると、地球の表面には見えない「知識の層」があると考える事も出来る。

この知識の層は、人の思い等が伝わってきているものなので、人へもこのエネルギーが伝わる。

そうして人々は様々な情報をテレパシーと全体意識を通して伝達し合っているのではないか?

これは、人や動物だけでなく、物体にも届くと考えられる。

大切に使っている物、無くしてしまってもなぜか手元に戻ってくるという現象はよくある。

探し物、必死に探している時には見つからず、あきらめたころに「あっ」と発見する。

引き寄せの法則、言われているように心を落ち着けるのが必要、忘れたころに叶う。

これらは「霊界」の霊が動いて何かを「してくれる」のではなく、互いに伝え合っている者どうしで反響しあい、その要望を満たす為に間に入っている人や動物等を経由して運ばれたり、出会ったりという現象として現れる。


この仮説の内容は、別の人が同様の事を言っているが、違うところは「霊界」を媒体としない所である。

人間社会の発達と共にこの集合意識も発達しており、それらの「総意」が全体の流れを生み出しているように思える。

「霊界」から管理されているのではなく人間の気持ちの総意が各種現象を起こしているのではないだろうか?

未熟な文明では「争い」の結果どうなるのか分からないで「感情」に走る事が過去の歴史を見ればよくわかる。

戦争を経験した国では「回避する努力」が最優先で行われている。

これもバランスなのだが、バランスが崩れると崩れたほうへなだれ込む。

報復合戦が止まらなくなるのはバランスが崩れた結果である。

文明が発達した国の総意では、未熟な文明が戦いを挑んできても回避する知恵を持つ。

国という単位で考えているが、個人で見ても同様であろう。


ここまで書いてきて、ふと疑問が浮かんだ。

生れながらにして持っている「個性」とはどこから来るのか?

DNAである程度の人間としての設計図を持っているので、人間のような容姿になるのだが、2人のDNAが混ざり合い、人間としての条件と見た目の情報は引き継がれる。

しかし、兄弟姉妹でもまるで違う個性を発現する。

こうした現象が、「霊界」から情報と個性もった「魂」がやってくるという説を生み出したのだろう。

ネコでも犬でも個性がある。

小鳥でさえも個性があり、これらの個性も「魂」がやってきて個性を発現させたのか?

どうもこの個性を発現させる元となるのは、何かの法則が関わっているのではないだろうかと思える。

こうした法則の動きに人間の感覚として「何らかの意思」のようなイメージから「擬人化」のような錯覚から「霊界」という発想が生まれたようにも思える。

「霊界」から人間界が管理されている?

何故?

その目的は?

チャネリングメッセージ等で伝わってくる情報が、あたかも「神のお告げ」のように思い、「管理されている」と錯覚することから、こういった事を思うようになるのではないだろうか?

あくまでも仮説であるが、誰かがそう思った事の数が多いがために、伝わってくる情報が「お告げ」のように聞こえ、それを信じる、また総合意識に伝えるという循環が現状を作り出しているようにも思える。

結果、「霊界」の目的がはっきりしない理由に様々な説が考えられ、その情報が総合意識に蓄積され、その情報へアクセスする人によって引き出す内容が違ってくる結果、スピリチュアルで言われている矛盾が発生してくるのではなかろうか?

あくまでも私は「霊界」という存在があったらいいと思い、そしてその目的を知りたいという気持ちから、反対意見もとことん追求していくので、アンチスピリチュアルな人ではないという事をここに書き添えておく。






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(17:14)

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この記事へのコメント

1. Posted by 123   2013年02月17日 08:48
Unknown<br>
>それらの「総意」が全体の流れを生み出しているように思える。<br>
<br>
近しい考え方を私も持っています。<br>
<br>
野球プレーヤーで例えるなら・・<br>
高次の存在は1流プレーヤーで、地球に生まれてくるのはカルマの解消などが<br>
必要だから3流プレーヤーのように感じているのが<br>
大半の人だと思います。<br>
だから高次の存在から教えを請うような構図がありますよね?<br>
<br>
私は、ここに生まれてくるのは、1流プレーヤーだからなのでは?って<br>
思っています。
2. Posted by 四季   2013年02月17日 22:56
123さん コメントありがとうございます<br>
同様な事を考えている方がいるのですね。<br>
<br>
もしかしたら今の人たちは大きな間違いを信じ込んでいる可能性を考えてしまったのです。<br>
<br>
あらゆる方向から考えて探索してみると、思わぬ発見も期待できる可能性があるので、極端な仮説も立てながら更に探索してみたいと思います。
3. Posted by 万年   2013年02月18日 07:19
Unknown<br>
私も四季さんと同じ結論でしたね・・・<br>
<br>
私のチャネリングメッセージは<br>
さも霊界が存在し、輪廻転生するようなことを前提にしているものが多いのですが、それでも<br>
私はこの現実の法則の延長上に<br>
そのからくりがあると考えるのが自然のような気がします<br>
<br>
古くからの固定概念が<br>
真実を隠しているのでしょうね・・・
4. Posted by S   2013年02月19日 09:04
Unknown<br>
> 人は「心次第」なのだ。<br>
<br>
確かにそのとおりだと思います。心と体は密接な関係にあると言えるでしょうね。<br>
逆に言えば、体からの様々な情報や身体を維持しようとする様々な信号に心が振り回される事も多いでしょうね。<br>
心が『主』であり体は『従』の関係ですが、普段生活する中でこの主従関係が逆転する事が多いのではないでしょうか。<br>
毎日行う睡眠は、この主従関係を正常なものにするために、感情や欲などを一旦リセットするものなのかもしれませんね。<br>
心が『主』で体が『従』。この主従を常に崩さす、息をするように当たり前にできる心境も一つの『悟り』であると思います。<br>
5. Posted by 四季   2013年02月19日 14:37
Sさん コメントありがとうございます<br>
わかっていても、、、ってありますね。<br>
おなかの調子が悪い、元気が出ない、などから心が活力を失う事もありますね。<br>
心のダメージが大きいと睡眠も浅かったりと翌日に引きずる事もあり、回復に時間がかかったりとなかなか難しいものです。<br>
やはり何か起きたときの心構えが大事と言う事につながるのでしょうね。

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