2013年02月06日

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

昨夜またもイメージが飛び込んできた。

この飛び込んできたのは今回は他人ではなく「自分自身」のイメージであった。

それは、はっきりと自覚できたのが「自分は過去に何度も人生を経験している」という事。

なぜ昨夜このようなイメージが来たのか?どのような目的があるのかは今の所不明であるが、時間の経過と主に理由が判明するかもしれない。

まるで図書館のようにズラリと棚にずらりと並んだ自分の人生の記録、一つひとつの中を見る事は出来なかったが何故かそれは自分の過去世であると確信がもてたのだが、根拠は無い。

その本棚の前に腕組みをして不敵に笑みを浮かべていた女性は誰なんだろう?


これまで万年さんの協力でチャネリングという手法を用いて私の「疑問」に回答を頂いてきた。

それが途中で万年さんのこれまでの感覚と違う動きがあり、注視していたところ、思わぬ方向から回答が組みあがったという表現が今回は適切かもしれないと思える形で出てきた。

「万年素人なチャネリング日記」v2 地球は悟るためにあった

こちらを参照していただきたい。

表現が非常に難しいのだが、私が疑問に思う内容に関して、その回答を探す前に回答が準備されているような、ステップバイステップで質疑応答の様な流れとはまるで違う、用意周到と言うにはあまりに次元が違うと思わせられるような答えの導き出し方に驚いた。

その中で、「ますから」さんへの返信という部分、「苦難の多い人は、そろそろ仕上げの段階に入っている」という内容が目について気になって仕方がないのだ。

以前私は「催眠過去世探求」という催眠術で深い状態に入り過去世を思い出してみるという事に挑戦して見たことがある。

この内容に関しては、今後機会があれば書いてみたいが、その催眠中に自分自身が言った言葉がある。

催眠術の先生が、今の自分に対してコメントはありますか?という質問を私の深層心理に対して問いかけた。

そして自分自身の深層心理が答えた内容は、「もう生まれ変わらなくてもいい、大丈夫だ」と答えている。

これは、そのまま受け取れば「転生は卒業」という解釈なのだが、別の見方をすれば「もうこんな苦難の多い転生はうんざり」という心理が言わせたとも解釈が出来る。

こういった正反対な「解釈」が出来てしまう現状をもう少し整理してみたいという思いがある。


更に前回の私のブログのコメント欄へ「みょうじい」さんから頂いたコメント。

情報に関する「自我」の対応というか、動きと霊界から来る情報の関わり等の表現が適格で、感激しました。

これらの最近集まってきた情報を総合して、おぼろげながら見えてきた事としては、「闇」と表現されいる存在、「光」の意義、「理不尽の理由」「輪廻転生の理由」等が繋がってきた。

そしてこれらの意味するところは「地球で生きるという事は魂の修行である」と言いたいのだな、と収束してくる。

しかし、これまで登場してきた様々な表現に筋が通る感じで「腑に落ちる」という状況だったので、私の疑問は始まったのである。

その「起源」は何?

「なぜ?」修行が必要?

「なぜ成長が必要?」

「人間の意思と魂との関係は?」

この辺りなのだ。

以前も書いたのだが、宇宙がなぜ出来たのか?なぜ存在するのか?という疑問に関しては、多分永遠に答えは出ないであろうと思われる。

「何らかの法則」に従ってそこにある物に「解釈」等を外した回答を得ようとしても意味が感じられない。

しかし、「何らかの意思」が働いているであろう「霊界」「人の魂」等は「意思があり目的がある」ように見える。

「意思」が働くためには「目的」が必要と思う事自体人間としての「固定概念」で意味のない事なのであろうか?


「自我」という言葉で表されている「意思」はスピリチュアルの世界でも人間界でもあまりいい印象は無いように思える。

「霊界」が先に存在し、地球上に生命を発見し、地球上の生命のひとつ「霊長類」に「自我」を与え、「魂」の修行環境として利用しているのか?

「霊界」が地球上に「自我」を持つ生命を作り出し「魂」の修行の場として管理しているのか?

「霊界」が地球上に「自我」を持つ生命を作り出したが、「自我」の暴走を管理しきれていないのか?


万年さんのチャネリングでは地球は「当初の目的から外れている」という内容があった。

そしてその軌道修正の為にプロ中のプロを繰り込んでいるともあった。

この情報を全面的に信用するかどうかという問題は置いといて、集まった情報は先入観無く検証してみたい。

あた、他の方のブログで「この環境全てはコンピューターのプログラムの様だと考えると違和感が少ない」という内容があった。

映画「マトリックス」のように、全てがプログラムとして仕組まれており、ストーリーも全て用意されているが、どのような展開になるのかは(どのプログラムが起動するのか)はその時に初めて判明するのだと。

スーパーマリオがクリボーやノコノコを倒しながらステージを進んでいくときマリオがふと思った
「だれかに操作されてねぇ?」

今まさにこのスーパーマリオの心境なのだが、「人生はなりきりゲーム」という考え方、ゲームならプレイヤーはだれ?

というこの考え方も人間の固定概念なのだろうか?

果たして「自我」とは、肉体が持つ「魂」を目覚めさせるためのプログラムなのか、それとも「未熟な魂」の状態なのか?

何故か本日は、原点回帰の記事を書きたくて、思いつくままに書いてしまったのでまとまりが無い感じなのだが、まとまりが無いのはいつもの事か。。。

脱線したまま帰ってこない事もしばしば。。。

テーマの範囲が膨大に広いので、仕方のない事ではあるのだが、「悪」という事に関しての捉え方には答えに近づいたように思える。




本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

↓↓いつもクリックありがとうございます↓↓


スピリチュアル ブログランキングへ

 



(03:34)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by ますから   2013年02月06日 07:07
はじめまして、長文も失礼します<br>
四季さん、はじめまして宜しくお願い致します。万年さんのblogと行ったり来たりしながら、日記を読んでワクワクしています。<br>
<br>
そして、私もいろいろ新たな疑問が出て来ました。間違いだらけのトンデモと思いますが、よかったら聞いて頂けたら幸いです<br>
<br>
霊界の成立とは如何様か。霊界が成立後に、宇宙や地球が成立したのだろうか。<br>
<br>
私の仮説�@霊界成立後に、地球を生み出した。<br>
<br>
�A霊界成立と地球成立の時期は同じ。<br>
<br>
�B地球成立後に、霊界は生み出された。<br>
<br>
�C霊界と地球を生み出した何かは同一の存在か。別物か。<br>
<br>
�D地球が霊界を生んだのか。霊界が地球を生んだのか。<br>
<br>
�Eこの設定は何の為。意味などない?<br>
<br>
�F苦難が悟りに近づく手段ならば、解脱が目的?では、解脱したらどうなるか。<br>
<br>
仮説と言いつつ疑問ですみません。何故か皆さんと言うか大体の方が、霊界が先や霊界が導く?を当たり前のように見ているので、臍まがりな自分は疑問でした。<br>
<br>
キリスト教にはオムファレス(ギリシア語でへそ)仮説という傍流中の傍流があり、そこから世界5分前仮説が生まれたんです。世界は5分前に歴史も何もかも記憶も作られた状態で創られたと、SFのような話ですが<br>
<br>
卵が先か鶏が先かでどうでもいい話かも知れませんが、通説?だと、霊界が上位と言いつつ地球に干渉してくるのは何故なんだろうって。私の一番の疑問はここです。<br>
<br>
今の感想は、霊界も地球の干渉や影響を多大に受けていてだから地球を無視出来ないのかと。霊界も地球もお互いが某かで影響を与え合っているのは当たりな気がします<br>
<br>
成立時期に疑問を呈したのは、スピ界隈は霊界優先な人も居る気がして何が正解で間違いかはわかりませんが、じゃあ地球に生まれた意味は?と、自分自身に対して疑問に思うので<br>
<br>
長々と自分語り大変申し訳ありません。<br>
<br>
ひとつひとつ疑問をかみ砕きながら、不明は不明のまま受け入れる四季さんの姿勢を見ていて、私も自分なりに向き合おうと思いました。<br>
<br>
ありがとうございます。
2. Posted by 四季   2013年02月06日 09:54
ますからさん コメントありがとうございます<br>
まさにその通りですね、答えに近づいたと思うとその何倍もの疑問が出てしまう。<br>
それなのにスピリチュアル業務の方々は「高次の存在が」と既に上位の存在として話を進めるので、疑問が迷走してしまうのです。<br>
どこまで真実に近づけるか見当もつきませんが、疑問のまま放置できませんからね。<br>
3. Posted by みょうじい   2013年02月06日 10:38
人生ゲーム<br>
おはようございます、四季さん<br>
<br>
漫画、小説、映画などでも良く語られる人生への例えで、ボードゲームやすごろくなどのゲームやロールプレイングゲームなどが多いですね。<br>
もう少しわかり易いたとえで言うのであれば、遊園地でしょうか?<br>
某大手遊園地は、一度では遊びきれないアトラクションを保有し、定期的に交換、時期イベントをもようしてお客さんをあきさせないで、リピーターにさせます。<br>
地球をはじめとする3次元構成される場所も、この某大手遊園地と同じように考えてみればよいでしょう。<br>
ああ、1回遊びにいっただけでは遊びきれないから、もう一度遊びに行きたいと思う。<br>
前回はこのアトラクション(経験)を遊んでみたけど、今回はこのアトラクション(経験)で遊んでみようと楽しみながら遊園地を駆け回る事(人生)を選んでいると考えられませんか?<br>
そして、守護霊、闇と呼ばれる方々はその遊園地巡り(人生)を心行くまで堪能してくれるように気配りするガイド役と考えられませんか?<br>
ちなみに、自分の人生はこんなに不幸のどん底を選ばないんだとか、この恐怖の人生なんていらないと思うかもしれませんが、遊園地にはお化け屋敷や絶叫マシーンといった恐怖心を楽しむアトラクションもありますよね。<br>
だから、そういう人生を選んだのはあなたなんですと言えることでしょう。<br>
でも、お化け屋敷にせよ、絶叫マシーンにせよ、体験している人がギブアップを宣言したら、そのアトラクションを停止して助けてくれるガイド役もおりますよね。<br>
現実世界でいうのなら、あなたの人生変えますという本や力のある人(某先生とか占い師といったくくりではないです)が、お化け屋敷やら絶叫マシーンから救い出して、他のアトラクションへと導いたりするわけです。<br>
<br>
これは、自分のこれまでの人生経験(もしかしたら過去世も含むかも)を踏まえての持論です。<br>
逆に、人生とは?と疑問に注目し始めたのなら、その遊園地で遊び尽くしたと達成感を得て卒業しかけている段階かもしれません。<br>
だから、もうこれ以上の転生を必要としないと決めたかもしれません。<br>
転生しないですむのなら、今後はどうなるのか?<br>
あなたが遊園地のアトラクションを作る側に回るのです。<br>
これまで遊んできた遊園地を手伝うのも良いですし、新しく遊園地を仲間と一緒に作るのも良いでしょう。<br>
そう、霊界と地球はどっちが先に生まれたの?という疑問の答えにもなると思います。<br>
<br>
ですが、他のスピリチュアル系統のブログを読めばわかると思いますが、宇宙人の生まれ変わり系の人がいますよね、そういう人達はどういう事?という疑問が沸きますが、一つは他の星という遊園地が飽きたから、この地球という遊園地で遊んでみたという事でしょうかね。<br>
<br>
霊界が先に存在しなければ、遊園地で遊ぶという発想も作るという発想も起こりえませんよね。<br>
ちなみに遊園地という遊びという表現を強く使ったのは、人生修行という重苦しいイメージで強すぎるから、遊びという言葉とイメージをあえて強めました。<br>
<br>
そう、人生はゲームとして楽しんだほうが、恐怖や苦しみもネガからポジへ変換できるのではないでしょうか?<br>
<br>
つらつらと書いてきましたが、もしかしたらこれはチャネリングで書かされた事かもしれませんね。<br>
四季さんへのコメントとして書き始めてから、遊園地という発想を核に人生を考えた事はいままでなかったのですよ。<br>
<br>
では、ちょっと乱暴ながら、ここで失礼します。
4. Posted by 四季   2013年02月06日 23:25
みょうじいさん コメントありがとうございます<br>
その通りですね、私もロールプレイングゲームに例えて考えていました。<br>
このゲームという考えを進めていたところ、ゲームなのだ、と言う事で、あまりにも厳しい環境になってどうにもならなくなった場合、この考えが人々に浸透していたなら、あっさりリセットしてしまう人が続出してしまうのだろう、と危機意識を持ちました。<br>
なので、もっと深いところに何か「重大な目標」等があるのでは?と疑問が深まったのです。<br>
チャネリングで書かされた感覚、よくわかります。<br>
私にとって再確認の啓示なのかもしれないですね。
5. Posted by 万年   2013年02月07日 13:34
Unknown<br>
>果たして「自我」とは、肉体が持つ「魂」を<br>
>目覚めさせるためのプログラムなのか、<br>
>それとも「未熟な魂」の状態なのか?<br>
<br>
私は全を個に分裂させて、<br>
個としての経験を楽しむために<br>
必要なものが「自我」だと思います。<br>
「自我」とは自分と思わされている認識かもしれません。<br>
<br>
>ゲームならプレイヤーはだれ?<br>
<br>
自我を持たない自分自身・・・<br>
つまり創造主となるのでしょうか・・(笑)<br>

6. Posted by 万年   2013年02月07日 19:28
Unknown<br>
この記事とは関係ないのですが、<br>
やはり仮説の上に仮説が乗って、<br>
その上に仮説が・・・<br>
という具合で結論に達しても、<br>
事実かどうかの判断は難しいですよね・・・<br>
間がひとつでも誤っていたら、<br>
その結論は誤りになってしまいますから・・・<br>
やはり、地に足を着けるという意味で、<br>
何が現実世界で起こっていて、<br>
どのような事例があるのか?<br>
そして、自分の経験を踏まえ、<br>
冷静に分析する必要がありますよね・・・<br>
そして、あまりに保守的でも、<br>
広大な世界を探求するのには<br>
進展がありませんし・・・<br>
時にはその世界を突き進み<br>
時々抜け出して、冷静に分析するのが<br>
いいんでしょうかね・・・<br>
本当にスピリチュアルの真実を<br>
追うのは難しいです。<br>
7. Posted by 四季   2013年02月08日 01:10
万年さん コメントありがとうございます<br>
探求では道を間違える事がほとんどではないですかね?<br>
そして途中で気づき、戻り、見直し、また間違いに気づきの繰り返しでしょう。<br>
よく、ジグソーパズルに例えられたりもしますね。<br>
全体の絵は分からないけど、形の合うピースを繋げていくと絵が出来てくる。<br>
しかしよく見ると正解にそっくりなピースが途中に入り込んでいて、そこから全てやり直すと正解の絵が見えてきたり。<br>
赤爺さんが人類をニヤニヤしながら見ているのと同様に我々もニヤニヤしながら探求してみてはどうかな?などと思っています。(笑)

コメントする

名前
 
  絵文字