2013年02月02日

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人間の体の特性なのか、「魂」が記憶として持っている特性なのか?

人の体はどこか故障すると、その機能を他の機能で補完しようとする。

脳の中で内出血や血栓等の影響で一部壊死などが起こり、機能が損なわれると周辺の脳がその部分をカバーするように発達する。

私も学生時代に事故にて両目が1か月ほど見えなくなっていた時期があった。

これは小説では無く、自分の実体験である。

当時中学生であった私は、事故の前まで当たり前に見えていた物が全て見えなくなった。

朝起きた時「明るい」といった光の状態はなんとなく分かるが、それ以外は全く分からない。

手探りで布団から出ると、さて「トイレに行きたい」。

自分のいる位置を探るために部屋のドアまで行き、位置を確認すると方角がわかり「多分こっち」といった具合で壁伝いに歩き出す。

足元に何か転がっていても分からない為に、すり足で歩く。

当然段差等に指が当たり「痛い思い」をすると、頭の中の地図に段差が記録される。

見えない代わりに、「足の裏の感触」「指先に触れる物の感触」「肌に当たる風の感触」「耳で聞こえる音」「伝わってくる振動」とこういった情報に全神経が注がれる。

それまで見えていた事で判断できた情報を、これらの感触で代用するために脳内で変換して自分の状態を確認しているのだ。

特に困ったのが食事である。

家族のサポートがあったから何とか食べることが出来た。

こうした不自由な状態で1か月程経過した頃には、「慣れたもの」であり、様々な事がかなりスムースに出来るようになっていた。

特に私の場合特徴的というか印象に残っているのが「耳」の発達であった。

事故以前には気にも留めていなかったと思われる「音」が見えてくるという感覚。

まあ1か月前までは普通に見ていた両親の顔であるが、見えなくなってからは「声」の様子で表情が想像できる感じであった。

その後、視力が回復してきて見えるようになったのだが視力の無い時期に「敏感」になったその他の器官は引き続き敏感なままであった。

視力は2.0まで回復したので、友人と会話していてもその「声」の調子から伝わる感覚にプラスして視力から入ってくる情報も併せると、「脳がとても疲れた」のだ。

それからは自宅にいるときや、特に「見る」必要が感じられなかった時などは「敢えて見ない」といった事で「脳の疲労」を抑えていた記憶が残っている。

あれから数十年が経過した今、突然ブレーカー等が落ちてしまい家中真っ暗になったりしても、その瞬間に中学生当時の目が見えなかった頃の感覚が蘇り、自分の中でスイッチが切り替わるのが分かる。

私の経験〜ここまで

レイ・チャールズというミュージシャンも子供のころ事故で視力を失った。


やはり視力を失うと、「音」に敏感になるといった話は多い。

こうした、どこか機能を損なった為に、他の器官が発達し「天才的」な事が出来るようになる事例は数多く報告されている。

しかし、生れてきてそう時間が経過してない幼い子供が既に天才的な事をやってのけるという事も多い。

例えば、5歳の子供とは到底思えないピアニスト。


他にも数多くある。

何の先入観も持たずにこの子供を見ていると、生れてから5年間にどれだけ教え込んでも出来る事では無いと思える事をやっている。

私の小学校高学年の子供もピアノを習い、練習しているがとてもかなわない。

自分自身もピアノに取り組んだ事があるので、その感覚から比較して見ても、比較する事自体無意味に思えてくるほど、こういった天才少年少女は凄い事をやっている。

テレビなどでも紹介されているが、コメンテーターが「こういう子供を見ていると、やはり生まれ変わりってあるのかな?とか思っちゃうよね」等と発言しているのもうなずける。

前世でピアニストであって、その音楽の記憶を持って生まれてきたと思いたくなるのである。

あまりにも一般的とされる子供とかけ離れているからであろう。

10年位前であったか、1歳未満の幼児から「天才教育」という事で、凄まじい速さでパネルを見せて何かを話しかける等の教室がありテレビで紹介されていた。

この時幼児は、その凄まじい速さでめくられていくパネルを集中して目で次々追いかけていた。

人の体は電気の反応で動く。

神経の中は「イオン」が駆け巡っているのだ。

その動きはトレーニングでかなり鍛えることが可能であり、それは若ければ若いほど効果も高い。

しかし、天才ピアニスト少年はその「単なる反射神経」だけでない「感情」による「抑揚」までも表現している。

これは、教えられて出来る事というより人生経験から意味を感じて出来るようになると思われているから不思議である。

これらの事を経験的に知っている大人が見るから「生まれ変わり?」と思えてしまうのだ。

長年続けているから達人と言われるような事が出来るのとは意味合いがまるで違う。


生れた当時の記憶を持っている人はほとんどいない。

稀に覚えている人もいる。

その事例として、生れた瞬間の記憶「ぶはっ!」(母親の体から出た瞬間)「寒!」

そして、「あれ?なんだ?うまくしゃべれない」「あ〜〜体が自由に動かない」

「お〜〜〜い!なんなんだこれ〜〜〜!」「うわ〜〜〜助けてくれ〜〜〜」

と本人は言っていたつもりだが、周囲には「ほんぎゃぁ〜」としか聞こえてない。

この事を鮮明に記憶している人がいる。

私の子供は母親の胎内にいたときの様子を鮮明に覚えており、「とても暖かくて赤くて安心だった」と言っている。

また、母親の胎内へ入る前の様子も記憶しており、自分の家を上から見ていたという。

こういった人々の記憶している内容というのは、全て想像の産物であると言い切れるものではないと思われる。

こうした事例の数々を総合的に見ると、「魂」が転生してきたという話を疑えなくなってくるのである。


これまでの探求でここまでは、あるであろうという事に疑う余地は少ないと言える。

今私の探求のテーマは、では人間は「完全に管理されているのか?」「どこまで自由度があるのか?」「現実社会の概念と霊界の概念が正反対を向いている理由」等が中心となっている。

この図にある「謎の世界」の構造と影響力である。

大前提は「霊界」のようなものは存在するとしている。

万年さんがチャネリングで、私の探索している方向性についてチャネリング等で霊界の方と通信してくれている。

この内容も「まずは全て受け入れてみる」といった姿勢で受け取らせていただいている。

そこからまた見えてくる何かが絶対あると信じているからである。

この不思議な世界の影響が人間社会にどの程度あり、どういった意味が隠されているのかが判明してくると「人としての生き方」の強力なサポートとなると思われるからである。

 


スーパー・ベスト~オリジナル・サウンドトラック:レイ
レイ・チャールズ
ワーナーミュージック・ジャパン

 

 

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(02:16)

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この記事へのコメント

1. Posted by 園子   2013年02月03日 06:08
Unknown<br>
コメントし過ぎで恥ずかしいのですけど・・・・<br>
どなたもコメントなさっていなかったのでずうずうしく。<br>
<br>
人間社会も自然界も<br>
不思議な事に溢れていると思います。<br>
<br>
体内記憶、出生時の記憶に関しても<br>
3歳未満までならほぼ全員に在る、とも思ってます。<br>
3歳〜6歳未満の記憶は<br>
逆に憶えていない形の記憶、になる方が自然ではないかと思います。<br>
<br>
平成元年生まれの長男が1〜2歳の頃、たまたまNHKだったかで<br>
「体内記憶のある子供達」という番組を見て、翌日息子に尋ねてみたら<br>
「え〜〜〜〜」っという内容をカタコトで話しました。<br>
下の二人も同じ。<br>
大きくなってから一度だけ子供達にその時の話をしましたが<br>
余り繰り返し話すと、記憶の焼き直しになる気がして、してません。<br>
<br>
そう言う記憶を大人になっても持っているから<br>
自分は特別な能力者、と豪語している先生方を見ても、ピンときません。<br>
逆に、そんなことを能力者の看板にしている方が、なんか変・・・だと感じます。
2. Posted by 四季   2013年02月03日 12:56
園子さん コメントありがとうございます<br>
本当にその通りですね、当時を覚えているから能力者ってその根拠が見当たりませんね。<br>
私の上の子供は覚えていましたが、下の子は何も覚えていませんでした。<br>
<br>
逆に下の子供は霊感がかなり強くて周囲を驚かせる事をやったりしてます。<br>
<br>
不思議な現象が満ち溢れていて、逆にテーマが沢山あって楽しかったりもします。<br>
<br>
コメント、気にしないで気軽にどうぞ!

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