2013年01月25日

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前回全体意識に感情はあるのか?という事について考えてみたのだが、ここで、解決できないであろうという部分とそうでない部分を整理してみたい。

<解決できないであろうと思われる事>

・宇宙の始まりと全体意識の始まりについて

・全体意識の構成や目的

<追求できるであろう事>

・人類と全体意識の関わり方

・人間の意思と全体意識の比重

・「霊的意識」と「自我」の主導権


解決できないであろうと思われる事に関しては今すぐの解決は無理でもいつかは解決出来る日が来ると思いたい。

追求できるであろう部分が人間にとってスピリチュアルとの関わりで大切な所であろう。
スピリチュアルの事をよく分からない状態で信じすぎてしまうと簡単に騙されてしまう事になるという事はこのブログを読まれている方々にはご理解いただけてきたと思う。

まるっきり全てを否定される方もいることは確かな事だし、その考えも否定はしない。

私は「霊的意識」のように名前を付けて呼んでいるが、これが絶対存在するとも言い切れない。

こういった目に見えない世界の事を追求している場合、霊能者と呼ばれるような方々の「霊感」によりメッセージを受け取った内容が、全て正しいと信じ込むのもよくない事である。

これは霊能者として職業にされている方も特別な事でなく、ある事なので気を付けて欲しいと助言している。

こういった現状でもやはり「不思議」と思われる現象があるので、この理由を探っているのである。

そして何より人間と全体意識、この関わりとどの位の影響力を持つのか?この部分が今一番必要と思われる情報ではないだろうか。


私には「霊」とのコミュニケーションが直接出来る能力は無い。

「声」も聞こえたと思える事があるという位で、本当に「霊」の声であると確信が持てる訳でもない。

姿も見えない。

しかし、「霊」とう存在があるという事を前提に考えなければ理解できないような事象に出会っている。

そしてスピリチュアルに興味を持って霊能者と呼ばれる方々とお会いして、話を伺うと、まるで人間の存在から人生、将来の出来事等の全てが「霊界」で決めてきた事であり完全に管理されているような説明が多いという事に疑問が尽きないのである。

ある霊能者の方は、将来出会う人は全て決まっており、出会った後に会話する言葉まで全て決まっていると言われる。

また、別の方は要所要所の出来事は決まっているが、それ以外の事はフリーであるとも言う。

またまた別の方は、ストーリーはいくつも選択肢があり、どれを選択するかは自由であり、今世でやりきれなかった内容は次に転生した人生でやるとも言う。

共通している内容は転生して来る前に「自分自身で人生の出来事やストーリーを決める」という事である。

交通事故で重傷を負い入院している人に関して、その人は予定通り事故で負傷したと霊能者は語った。

「予定通り??」

離婚するために結婚したという人もいるとう。

そしてそんな家庭に生まれるという経験を希望した霊がその家に子供として生まれてくるともいう。

こういった説明をはっきりと言葉にして霊能者は説明するのだ。

そしてその後、予定通り交通事故に会って負傷することにどのような目的があるのか聞くことは出来ませんか?

と質問すると、霊能者は「いや、あの説明はそういう意味では無くて・・・」とほぼ必ず意味が違うと釈明をするのである。

ではいったいどのような意味ですか?と質問を重ねると「そんな人の人生の計画を聞いてどうするのか?」と強い口調で言い返される。

単純に疑問であり、そういう内容を説明する霊能者という「能力」を持っている職業の方にお金を支払って質問すると明快に答えてくれない。

回答出来るのは霊能者だけしかいないし、その能力でお金を稼いでいるのにである。

怪しい臭いが漂い始める。

これは私が出会った霊能者の事例であるので、全ての霊能者がこうであるという事では無いであろう。

と思いたい。


こういう不安定な情報をもたらす霊能者が数多く存在して、「人生は霊に左右される」といった内容を広めている状態が今の現状である。

そうすると本当に「人生を左右されるのか?という事が気になる。

そして「どの程度左右されるのか?」という事である。

60億人以上いる人間の数からすると、100%左右される人、ある程度左右される人、ほとんど左右されない人全てが存在すると言われるのが落ちでありそうだ。

それならそれでも構わないのだが、このブログを読まれている方も思うと思うのだが、「では自分はどれ?」であろう。

100%左右される人なのか、そうでないのか?

これが分からなくて、そしてそれを鑑定する事が出来ると看板を上げているのが「霊能者」という事である。

しかし残念な事に未だに霊能者の方々は「同じ私」を鑑定しても違う答えを出すのだ。

そして他の霊能者の方の発言内容を「違う解釈」で説明する。

分かったような煙に巻かれたような。。。である。

これでは霊だけでなく霊能者にも振り回されてしまう。

現時点で総合的に考えて「金銭の絡む鑑定には真実は見えない」という結論に達し、有料鑑定を行う霊能者への訪問はやめたのである。


私の子供は生れる前の記憶があったという事象がある。

生れる前のどのような所にいて、何をしていたのかはっきりと覚えていた。

そして霊能者が言っていたような「自分の人生をどうするか自分で決める」という事は一切無く、別の人の指示によって生れる家を指定され、そこへ生まれてきたという。

また、別の人は霊能者に「あなたの人生は何の目的も無い、ただ単純に人生を謳歌する事だけです」と言われたという。

この人生を謳歌するだけですと言われた人は、人生に困ってもおらず本当に幸せな環境で幸せと思いながら暮らしている時に言われたという。

こういった様々な回答があり、「人生を霊に左右される」という事に関してもそういう人もそうでない人もいるという状態で考えてみると、では私は?となるのは当然であろう。

たいがい霊能者に相談するというのは困っている時であり自分で判断出来ないし、理不尽な状態の理由を知りたいと思っている事がほとんどであろう。

そして困った状況を打開もしくは回避できればそれでいいと言う事でもある。

私の場合、ではどの程度「霊」の世界からの影響力があるのか?という疑問が消えないので未だ探っている状態である。


客観的に見てみると、人生も未来も100%決まっているという状態が全人類である。と考えてみると、これがもし真実だと判明した場合、自分で物事考える事が無くなっていくのではないだろうか?と思う。

そう思う事も全てシナリオ通りか。

アメリカでの昔の実験で、200名の人を100名ずつのグループに分けて実験したという記録がある。

朝起きる時間から寝るまでのタイムスケジュールを全て決められているグループを「Aグループ」とし、何をするのも自由というグループを「Bグループ」としてある特定のエリア内で生活してもらった。

Aグループは規則正しく起きて、食事を取り掃除をして作業を行う、まるで刑務所である。

Bグループはおきたい時間に起きて、空腹になると食事をし、娯楽はやりたい放題。

最初はBグループも盛んにスポーツをやったりチェスやトランプ等で楽しんだ。

時間の経過と主に変化したのはBグループで、娯楽はだんだん飽きてきて、何もしなくなり、最終的にはBグループは「寝ているだけ」の状態になったという。

Aグループはずっと同じ生活を続けており、変化が無かったという。

豊富に食料があったおかげでBグループに争いは起こらなかったが、もし食料が無ければどうなっていたのか?

スポーツや娯楽で勝敗を決めて、食料を分けたり、強い人に食料が集まったりしたのではないかと思われる。

まるで社会主義と資本主義の実験のようである。

また、別の実験で刑務所の「囚人」と「刑務官」の役をやってもらうという実験結果もある。

すると、時間の経過と主に囚人は囚人「らしく」なり、刑務官は刑務官「らしく」なっていった。

囚人は従順となりうつむきかげんになり、刑務官は横暴になっていった。

環境に左右されるのが人であるという実験である。


困った人と霊能者、困った人はすがりつく、霊能者は行き先を指さす「導く者」、よく職業が人を作るという事が言われているがまさにその通りになっていく。

中には「導く者」を勘違いし「自分が神」のごとく振る舞ってしまう痛い人もいる。

今の社会は先ほどの実験「Bグループ」である。

何をしてもよい状態。

しかし違うのは、食料が豊富に無料で提供されないという事である。

そのため仕事をしたり何か人の役に立つことを行い、報酬を得る。そして食料を自分で確保するという状態である。

この社会の動きが全て100%決まっているという話は、どう考えてもすっきりしない。

次回は混在している状況について考えてみる。



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