2013年01月17日

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神からの「お告げ」という言われ方をしたりしているチャネリング。

これは一体どういう現象なのだろうか?

人間から見て「神」とは敬う対象として目上の存在という捉え方をされている。

神は万能であり何でも知っているし、人間を作ったのも神だという。

チャネリングとは、その神からメッセージを受け取る行為という事なのだが。

メッセージを受け取る事が出来る人という人はどういう存在なのか?

神からではなく守護霊からもメッセージを受け取っているという人もいる。

受け取る事が出来る人、出来ない人、これは受け取る側の「能力」の問題なのか?

それとも受け取ることを「許された」人間か?

はたまた皆持っている能力を忘れていて、その能力を開花した人だけが受け取れるのか?


では、神からお告げをもらうという霊能者について考えてみる。

ある日突然どこからか声がするようになったという。

そして、そのような人は必ずと言っていいほど、それまでに悲惨な人生を経験している。

順風満帆に楽しく生きている人で、ある日突然という事は聞いたことが無い。

もしかしたらいるかもしれないが、私は知らない。

そしてお告げを受け取るようになった人は、ある種の「使命感」のようなものを持つ事が多い。

そして人の役に立てるようにと困っている人の相談にのったり、そしてお告げを受け取り霊能者としての職業に変更したりしている。

本当にこういった流れは多く聞く。

中には子供のころから不思議な能力はあったが、ある程度の年齢になってからそれが自分だけの特殊な能力であると気がついて、霊能者として職業にする人もいる。

やはりこういった下地と言うか、ストーリーというか根拠があって霊能者の道へ導かれていく人が多いように見受けられる。

そして使命感を持っているので、自分のチャネリング能力とお告げの内容に確信を持ち、信じて疑わない。

これが絶対的な自信につながっているのだと思う。


こういった霊能者の方々に霊界の矛盾や話のつじつまが合わない所を質問すると、とたんに威圧的な態度になるのもなんとなくわかる気がする。

これは霊能者としての本人のみにしか分からない感覚なので、特殊能力のない我々ではどうにも判断できないのだ。

だから教えてほしいと思い、質問するのだが。。。


未だに明快な答えはないというのが現状だ。


そして特殊能力の無いもしくは未開花の人にもメッセージは送られてきているともいう。

何気なく「ふと思った事」、いつもは気にしないのになぜか「目につく」もの。

これは守護霊からのメッセージだというのだ。

そういわれると、そうなんだ、と言うしかない。


大いなる神は「深い愛」で人を見守っているという。

どこまでも見守る。

見るだけ?

でも見捨てない。

見捨てるとはどういう事?

肉体としての生命を無くしてしまう事態に出くわしても見てるだけ?

事故や災害から守られている人もいるようだ。

その差はなに?

魂のレベルで考えて見守る、肉体が死んでも魂として存在し、転生していく循環全てを見守る?

ある霊能者の事、チャネリングの内容に疑問を感じ、霊能者に質問した時に、そのような場合、神が「愛想を尽かした」と言われた。

私としては「えぇぇ〜〜〜!!?」である。

それまで大いなる深い愛で見守ってくれているという壮大なスケールで神を語っていた人が、ちょっとしたことで神が愛想を尽かしたというのだ。

この一言でこの霊能者の信頼は一気に吹き飛んだ。

それまではチャネリングするために長い時間をかけて集中してお告げをもらうという行動であったのだが、疑問を質問した時は即答で答えが着た。

この行動にも???となってしまう。

そんなに簡単にメッセージを受け取れるのであれば、今までのあの長い集中の時間は一体なに??


何かしらの能力はあるのかもしれないが、冷静に見ているとなにやら勘違いされているのでは?と思われても仕方がない。

神という絶対的な存在からメッセージを受け取る人という立ち位置なのだが、あたかも自分自身が神であるがごとくの振舞にドン引きでもあった。

やはり、勘違いしていませんか?と思われても仕方のない人であった。

こういった、ちょっと違いませんか?と思われるような霊能者がなぜか多い。

私がこういった人にしか出会っていないという事なのだろうか?


霊能者として職業で行っていない霊感の強い人と話をしてみると、本当に不思議な体験をしている。

しかし、神からメッセージを受け取ったりしたという話は聞いたことが無い。

夜景を見渡せる丘で夜、町の一か所から光の柱が空に向かって伸びているのを目撃したという話を友人から聞いた事があった。

別の霊感の強いという人も同じことを言っていた。

時間や場所は違うがまるで関連の無い人が同じ現象を目撃しているというのも興味深い内容である。


霊感の強い人は霊との遭遇が不思議体験のほぼ全てだ。

職業として霊能力者と名乗る人は「神」や「相手の守護霊」からメッセージを受け取ったりしている。

紙一重だが、その差は私には判断できない。


自分自身の過去の体験では、寝入りばなに「ガヤガヤ」と複数の人が会話をしている状態を何度も経験した。

引っ越してからはその現象は無い。

ガヤガヤと話し声が聞こえた所では、寝ている時にとんでもなくうなされて、叫びながら汗びっしょりで飛び起きたという事が何度もあった。

これも引っ越し後には無い。

更に引っ越したところでは、ある部屋で寝ていると何か恐怖を感じてうなされて起きるという事がまたあった。

寝る部屋を変えてからは、もうそれは無い。

また、そのうなされた部屋では、寝ている時にふと気が付くと全然知らない人が廊下を歩いて行くのだ。

単なる通行人といった感じで、目が合った事もある。

どうやらその部屋は、霊の通り道となっているのでは?と感じて寝る部屋を変えたのだ。

それ以来平穏に寝ることは出来るようになった。


それでもメッセージらしき言葉は聞いたことが無い。

何か話しかけてきたというイメージが残った事はあったのだが、内容までは分からなかった。

こういった体験はまだ他にも数多くあり、そういった体験からも「何か向こうの世界に誰かいるのでは?」と感じているのだ。


「向こうの世界」という存在が「なんとなくあるのでは」と思える。

この状態で、「お告げ」を受け取る人がいたり、映像を見たり、やってきて様々な事を教えてくれて、質問にも答えてくれる場合もある。

やはりコミュニケーションがしっかりとれている人もいるのだ。

そういった事例から「向こうの世界」は存在するとある程度の確信は持てる。

だが、それは何?

人間とどういった関係にあるのか?

どこまで影響があるのか?

もう少し知りたい。

「神のお告げ」とは一体どのような目的なのだろうか?


最近は「瞑想」がブームのようである。

iPhoneのアプリでも瞑想用のアプリまである。

瞑想する事によりメッセージを受け取れるようになるというのだ。

私も実践してみてはいるが、今の所変化は無いようである。

それより机で仕事をしている時強烈な睡魔に襲われた「ウトウト」した状態の時の方が、何か言葉が聞こえたりする。

しかし何を言っているのか分からない。。。


人間までをも作ったと言われる神という絶対的な存在からメッセージを受け取るために、瞑想という方法を練習しないと受け取れないのか?

これはメッセージを受け取る側の問題?

そんな絶対的な存在のメッセージを送る能力が、人間の練習次第で左右される?

これも何か変な話ではなかろうか?

瞑想という方法を練習すればメッセージを受け取れるって。

これも解釈の仕方が沢山ありそうなので、ここは深く掘らない事にしよう。

よく波動が、とか周波数が違うとか言われるがそれは人間の開発発見した技術的な知識での判断なので、もっと他に理由がありそうだと思う。

この分野もまだ広い範囲で掘れそうなので、また次回掘ってみたい。




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(22:50)

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この記事へのコメント

1. Posted by S   2013年01月24日 18:46
Unknown<br>
日々の更新お疲れ様です。<br>
<br>
自分の霊能力とチャネリングに絶対的な自信を持ち、それを広め或いは人助けする事に使命感を感ずる方と、逆に徹底的に検証し真実を追求しようと足掻く方。<br>
圧倒的に前者が多く後者は少ないように感じられます。<br>
後者が増えれば精神世界も様変わりし、見えない世界を少しでも説得力のある説明が可能になるかもしれませんね。<br>
もちろん前者を否定するものではありませんが。<br>
絶対的な自信を持った方は、探求心が乏しくなってしまうのではないかと思っています。<br>
せっかくの能力が勿体ないですよね。
2. Posted by 四季   2013年01月25日 12:42
Sさん コメントありがとうございます<br>
そうですね、前者は探求心というより「瞑想」から感じたことだけで生きている感じなので「鵜呑み」のようにも見えてしまいますね。<br>
<br>
そうでない人に説明するのですから、もう少し考えてくれた方が親切かとも思いますね。<br>

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