2013年01月11日

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先日頂いたコメントでこのようなチャネリングのメッセージを頂いたという内容がありました。

この内容を掘り下げさせていただきます。

《敷かれたレールを走る事ほどつまらぬもなはない、要所要所計画はするが、それとて全て実現することは難しいもの。人が肉体を持って生まれるは【経験】したいが為。そこには運命も偶然も必要なし。心動かす出逢いは運命で、取るに足らぬものは偶然か?その逆やもしれぬぞ。計画は計画である、偶然こそ運命であろう。あらゆる経験を与える出逢いに感謝することだ。それが運命か偶然かなど議論は必要であろうか?…》

このメッセージを拝見して、なるほど!と思いました。

全てが決まっていては面白くない、「経験」するためには記憶は無い方がいい。

これはこれまでも言われてきたスピリチュアルでの言葉ですね。

気になったのは、「計画」がある、とう部分。

やはり「霊界」という見えない存在があり、そこから人間界が管理されているという前提になっている。

ここが私の疑問のひとつ。

こうした前提があるのか、無いのか?ここがよく分からないのです。

人間界が霊界から管理されているという前提、そして計画があるという事は、「目的は?」と続いていく。

人間に転生する場合、以前の記憶が無い方が新鮮に経験出来るという組み立てで考えると、敢て記憶を消すという作業が行われている以上、人間が追求し解明してはいけないという方向に行くと思う。

そして、偶然と運命について議論は必要ないという結び、せめてそこを知りたいと思う。

人間社会を生きていると「理不尽」という事に出くわす。

「災害で命を落とす」「通りすがりに見知らぬ人に刺されて命を落とす」「子供を預けた先がいいかげんなせいで子供が命を落とす」

「責任」という人間社会の言葉を当てはめて考えると、自分に責任(非が無い)のに嫌な事を受ける。

この理由が分からず苦しんでいる人は数知れない。


もし、計画があるとすると、「理不尽に苦しむ」のも計画なのか?

それとも単なる成り行きで「落とし穴にはまった」のか位知る事が出来れば知りたいと思うのだ。

霊界の計画に「愛する人を理不尽に奪われて苦しむ」というストーリーが用意されているというのであればそれは計画だと知らないほうが霊界の視点から見た場合、望ましいと思われる。

しかし、「そのような計画は無い」という事であれば、人間は最善を尽くして理不尽を避けると思う。


別の見方として、この「世界」(人間界も霊界も)はプラスとマイナスでバランスが取れているともスピリチュアルでは言われている。

いい人がいればその分悪い人もいる。

表があればそれと同じ大きさの裏があり一つの物を形成している。

こういった考え方からすると、「必要悪」という言葉があるが、無くては平和を味わえないとう事も考えられる。

いつも特上の美味しい料理を朝昼晩と生れた時から食べていたら、それが普通の食事となり「うまい!」という感動は味わえない。

ごみごみした都会に生活しているから田舎の空気が新鮮で素晴らしいと感じる。

戦争という悲惨な事があるから平和運動が起きて、平和を実感できる。

こういった両極のバランスの一つが「理不尽」だと考えると、理不尽があれば気を付けようという事になる。

しかし、理不尽に当たる人が必ずいつのだが、「なぜこの人が?」という事例は多い。

生まれつき体が弱く、小学生の頃は歩くことも困難だった少年が、がんばってがんばって体力を付け、病気を克服し、やがて中学生になり自分の足で歩けるようになったという子供がいた。(実話です)

そしてその子供は親孝行で明るくてといい事しか出てこない素晴らしい少年でした。

そして中学2年のある日、駅前の横断歩道で交通事故により無くなってしまったのです。

何故彼が事故にあわなければならないのか?

同級生たちよりあんなにがんばって生きていた少年が、どうしてあのタイミングで事故にあってしまったのか?

大騒ぎでした。

ここに「解釈」が沢山出てきました。

こういう特殊な幼少期を過ごした素晴らしい子供が悲惨な目にあうと周囲へのインパクトが計り知れない。

だから、彼(事故で亡くなった中学生)は敢てここで計画通り寿命を迎えたのだと。。。

全て予定通りだと。。。

親の前ではとても予定通り等という事は出来ない。

スピリチュアルの方はこういった解釈をされていました。


もしかしたら、本当に計画通りかもしれない。

だとしたら、どの様な理由の「計画」なのだろうか?

大きく悲しむという事を経験しているから今生きている事に感謝し、人を大切にしようと思えるようになるから?

いくらでも解釈は可能だ。

まだまだ事例は沢山ある、こういった「なぜ?」に疑問を向けているのがこのブログである。


これに関連して、ストーカー殺人という事が話題となっていた昨年、惜しくも若くして命を落としてしまった女性がいた。

この女性の「霊」がどうなっていったのかは誰にも分からない。

もしこの女性がスピリチュアルで言われているように「この世に未練を残したまま」であったならどうだろう?

浮遊霊としてずっとさ迷い続ける事になるのではないだろうか?

成仏して昇天し、次の転生にという流れに乗れないという事になる。

霊能者の方に教えて頂いた話だと、霊自ら成仏するのを拒んでいる場合が結構あるという。

この浮遊霊、地縛霊と呼ばれる霊達が人間に目撃されたり、自分と同じように事故に人間を誘い込んだりとしているようだ。

この霊達は次の転生での人生で「新たな経験」をすることが出来ない。


人間社会で経験をする事が目的であるならば、迷った霊に対しての救済措置のような仕組みがあってもよさそうなのだが。

霊界もまだ発展途上だよ、と言われてしまうと全ての議論が成り立たなくなってしまうので、それは無しで。

何せ霊界にも階層があり、最上階には「源」と呼ばれる神がいるとされている。

発展途上という言葉は失礼ではないかと思われる。


大きく話がそれているので、「計画」の流れに戻ろう。

話の周辺にある事柄も全て関連があるので、これらを文章で書いていると次から次へと展開してしまい、毎度同じように脱線となってしまう。

だから、行間もあるという事で読んでいただけると幸いだ。


この計画という事、「経験する事」が全てなのか、スピリチュアルの本などを執筆している偉い方の言う「魂を磨く」という事も目的となるのだろうか?

魂を磨くのが目的で、その為の経験、そしてその魂に必要な経験をさせるために計画がある、と書くと一見筋が通っているように思えてしまう。

素朴な疑問

どうして記憶を消してまで何度も経験をしたいの?

どうして魂を磨きたいの?

ここである。

この部分を疑わないと、これ以降のスピリチュアルの話は今言われている事で、おおよそ筋が通ってしまう。

今回コメントで頂いたこのメッセージは、疑問を掘り下げるのに助けになりました。

このメッセージだけで、まだまだ沢山の文章を書けそうと思う。

非常にありがたいコメントです。

Sさん、ありがとうございました。

またよろしくお願いします。




本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

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(02:29)

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この記事へのコメント

1. Posted by M   2013年01月11日 14:45
Unknown<br>
スピリチュアルの謎を解くのは難解ですよね・・・<br>
その人の主観に大きく左右されるようですから・・・<br>
そして、実験のように同じ条件で再現したり出来ませんからね・・・<br>
でも、完全とは言わないまでも、科学のような規則性があるような気がします。<br>
<br>
情報の仕分けとして、<br>
あちらからの情報なのか、<br>
それとも人間の推測による情報なのか?<br>
そして、あちらの情報でも、<br>
嘘なのか真実なのか?<br>
真実ならば、何パーセントくらい意味を拾えているのか?<br>
嘘ならば、嘘の理由から真実が見えることもあると思います。<br>
これらを推測で仕分けしなければならないところも<br>
難解ですよね・・・
2. Posted by S   2013年01月11日 15:18
Unknown<br>
こちらこそ大変参考になりました。<br>
チャネリングというものは、チャネリングする側も読む側も『眉唾』で受け止めるべきと思います。私も自分のチャネリングらしきものは二つの眉にタップリと唾を付けてやってます(笑) 何が本当になのか誰にもわかりませんからね。<br>
<br>
そんな眉唾な私しの情報によれば、計画は計画させられるのではなく、自分で決めるようですね。そしてハッキリと計画するのは、人生設計ではなく、自分が生まれた時の『性格』もしくは『傾向性』のようなものらしい…<br>
生まれた後は各自の自由判断のようです。<br>
四季さんが書かれた突然の不幸、特に自分以外の方が関わるような事は計画するのは非常に難しいようです。また、決めた性格や傾向性は努力次第で変更可能ということです。<br>
もっと眉唾情報ありますが書ききれないし、信用度が不明なので(笑)<br>
<br>
様々な方が精神世界というものを探求していますが、まるで『海』を評する事とにていますね。ある人は海は広いと言い、ある人は海の水は塩辛いと言い、ある人は海には沢山の生き物がいると言い、ある人は海は怖いと言う。科学的な視点から、文学的な視点からも海に対する評価は変わってきますよね。漁師さんが見る海もまた違ったものであるかも知れません。精神世界も見る人によって、感じる人によって違ってくるのかもしれません。<br>
海の全てを理解するのは難しいのと同じく精神世界も全てを理解するのは難しくですね。<br>
<br>
ですが、『何故?』がなければ究明など出来ないと思いますので、私も四季さんのように、今後も『何故?』に対する回答を探して行きたいと思います。<br>
<br>
ブログ楽しみにしています。<br>
また、いつの日かコメントするかもしれませんが、その時は今回同様鋭く『何故?』をぶつけてください。<br>
<br>
それでは、お騒がせいたしましたm(__)m<br>
<br>
<br>
3. Posted by 四季   2013年01月12日 08:56
Mさん コメントありがとうございます<br>
その通りですね!<br>
確かに規則性が感じられます。<br>
ネットが普及した今、更なる情報の拡散により同じような情報を簡単に拾え、発信できる状態が後押ししていると思われます。<br>
<br>
そしてその中身の精査は確証を得にくい中での判別になるので尚更です。<br>
<br>
そのようなテーマだからこそ探索意欲が掻き立てられているのかもしれませんが(笑)
4. Posted by 四季   2013年01月12日 08:59
Sさん コメントありがとうございます<br>
チャネリング情報ありがとうございます。<br>
計画について、まだ書きたい事が多数あるので引き続きブログ更新していきたいと思います。<br>
<br>
海の見え方についても面白い表現ですね、よく分かります。<br>
<br>
またご意見などございましたら、書き込んで頂けると疑問の探求の助けになります。<br>
<br>
是非よろしくお願いします。

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