2013年01月08日

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昔話で旅の親子についての解釈の変化について思い出した。

父と息子が馬を引きながら旅をするという話だ。

ある街に到着すると、その町の人は馬に荷物を載せている事に批判が出た。

それを教訓に次の町へ行くまで息子が荷物を持っていると、子供に荷物を持たせて!と批判される。

ではという事で父が荷物を持っていると、親不孝な子供だと批判された。

うろ覚えの話だが、こういった内容であったと思う。

結局どのような事をしても「批判」する人はどこかを探して批判する。

批判に耳を傾けていると永遠に止まらない。

芸能人のブログ等で何か脚光を浴びて絶賛されると、必ず一定の割合で同じことを批判する書き込みが出る。

また、炎上と呼ばれるように批判が殺到すると、ある時点から「いやいや、やっぱり」と肯定派の擁護する書き込みが出る。

すると沈静化していた批判組がその擁護内容について批判し始める。

これまた昔話だが、元気な息子が落馬して骨折してしまった事を近所の人たちは心配した。

「大変な目に会ってしまったね〜」と。

骨折した息子の父親は考えた。本当に不幸な事なのだろうか?

その後しばらくして戦争が始まり、元気な若者は徴兵でかり出され戦死した。

骨折した若者は、歩けない状態であったため戦争へは行けず、骨折が治り歩けるようになった頃には戦争は終結。

命を落とさずに済んだ。

怪我の功名という言葉が適切かと思われるが、アクシデントの直後は「不幸」と思えても時間の経過と共にそのアクシデントは「幸福」をもたらすこともある。

スピリチュアルでヒーリング等を行っている方々は、この時間の経過と未来の展開についてアドバイスをする。

なかなか結婚相手に巡り合えないのだが、どうなのだろう?とか。

仕事が無くなってしまい、将来の不安が消せない、とか。

様々あるだろう。

その現実的な出来事に、現実的な回答をするのだが、単なる知識からのアドバイスでは気休めになる為チャネリングを行い、「お告げ」をもらってのアドバイスとなる。

このお告げが悩んでいる人の解釈を変える事により安心を取り戻す事になる。

お告げで今現在の意味を説明し、未来に起こりそうな事柄を「予言」する。

そしてその予言通りになる為にしなければいけない事を説明する。

この「予言」を行える人が霊能者として、有料で行う人もいれば無料で行う人もいて様々である。


この預言であるが、私も色々な霊能者から「お告げ」をもらった事があるが「あやふやな事」が多い。

そして時間が経過した時「予言」の内容と違う未来がやってくる事が多い。

そしてその違いをお金を払って再度聞くと、最初の予言の時の説明と違う説明をされることがなんと多い事か。

「あの時はそういう意味で言ったのではない」これが毎回聞かれる言葉だ。

そしてやらねばならない事を言われた通りに行っていたのが、それも意味が違い見当違いの事をやっていたと。

これは、説明する人と説明を受ける人の解釈の違いが起こる為に予言通りにならないという理由にされる。

一般的に仕事の中でも上司からの指示通りに仕事を行うと、出来上がりが上司のイメージと違い怒られるというパターン。

現在のビジネスシーンでは、説明を受けた人が勘違いすると「説明の仕方がまずい」という説明する側に責任があるとされる流れが主流だ。

未だに説明を受けた人の勘違いを責めているようでは置いていかれるであろう。

しかしスピリチュアルシーンでは、毎度「予言」があやふやで聞いた人の勘違いを責められる。

聞く側が顧客でお金を払っているにもかかわらずである。


こういった事例が数多くあるために霊能者は「偽物」と「本物」という区別がつけられるようになってきた。

そしてノウハウである。

高額な相談料を取る霊能者は偽物である、威圧的な態度を取る霊能者も偽物だ、など。

本当に解釈だけの違いから来ることなのか判断は永遠につけることは出来ない。

何せ時間が経過してしまっているのだから、環境が変化してしまい、同じシチュエーションにはならないからである。

はたまた、パラレルワールドというスピリチュアルの解釈も存在する為、予言が外れても言い訳の様子はふんだんにある。

未来はいくらでもあり、「予言として見えたことは無数の未来の一つだ」と。

これではどのような未来も全てありうるわけだから、予言でもなんでもない。

このパラレルワールドを説明しながら「お告げ」をもらい、未来を「予言」するという霊能者にも遭遇した。

結局矛盾した説明に納得できなかったために、その矛盾について説明を求めると「急に威圧的な態度に出てきた」のである。

こういった輩が多い世界がスピリチュアルの世界であり、精神世界が胡散臭く見られる原因でもあると思う。


それでも、「霊」という存在はあるように思えてしまう今、他に追求していく手段としては各種事例を集めるしか今の所無いのではないか?

ベストセラーとなった「神との対話」シリーズも「バシャール」を推薦する人たちからすると「偽物」だ「低級霊に遊ばれてる」と言った批判がされている。

今後もし私にチャネリングが出来るようになり、何かメッセージが来たとしても、その相手を信頼する事は難しい。

チャネリングそのものがどういったものなのかの「解釈」が統一されていないのだから。

いくらでも解釈できてしまう現代では、まだあの世の解明にはほど遠いのでは?

と解釈してしまったが、この解釈も何かで反転する可能性もあると思う。

時間の経過を見ながら、様々な解釈をこれからも行ってみたい。




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