2012年12月31日

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事故に会い、意識不明で危篤状態であった人が蘇って意識を取り戻した。

こういった話は結構ある。

そして、中にはその意識不明状態の時に様々な現象を体験してきている人がいる。

車の助手席に乗っていた時、事故に会う直前から自分の目線が車の外に出ていて、事故の状況を上から見ていたという人がいる。

そして、大けが状態の自分を上から見ていて、病院に搬送される時も一緒についていったという。

意識不明の自分の体を救急ドクターが一生懸命治療してくれる姿をずっと見ていて不思議な感覚であったとの事。

それからしばらくして激痛の中で目覚めたのだと言う。


また、別の事例ではやはり事故に会い意識不明になっていた時、両親や祖父母が出迎えてくれて「まだこちらに来てはいけない」と言われ、押し戻されたのだという。

その直後にやはり激痛の中で意識を取り戻したと。


またまた別の事例では、事故で意識不明状態の時、ふと気が付くと図書館の机のような所に座っていた。

そして隣には知らない人が座っており、百科事典のように分厚い本を渡してきた。

その本を開いてみると、文字は書いてなかったのだがいきなり映像が頭の中に流れ込んできたのだと。

その映像とは、自分が生まれてから今日までの事が全て見えたのだと言う。

そして未来に起こる事も見えたのだと。

更には前世でどのような人生を送ってきたのかも全て映像として見えたのだが、あまりにも情報が多すぎて覚えきれない状態で、ふと目覚めたときにはやはり激痛の中、病院のベッドであったと言う。

肉体の意識を取り戻してから、冷静にあの図書館で見た映像の事を思い出そうとするのだが、どうしても思い出せなくて、その時には全て理解したという感覚になり、つじつまは全て合っていたという感覚だけが残っていたのだと。

こういった様々な臨死体験とでも言うのか、極限状態にて意識は別の所に行っていたような記憶が残っているという話が非常に多い。

そして、その図書館で見てきた事で数少ない覚えている事として「人生はかなり自由だ、自分に選択権がかなりある」と言うのだ。

そして、神の怒りに触れ、寿命を縮められたり、生命力を削られたりという事も起きると言う。

この体験を、脳の特殊能力が原因でとか言うのは気が引ける。

かなり多数の方がこういった体験をしている。

このブログを書く前からずっと考えてきて、書き始めてから更に考え、一つの仮説を思いついた。

それは、もしかしたらこの人間社会は、人間社会の中で例えると「小学校」のような存在なのでは?

霊界の中の「未熟な魂の小学校」という位置づけ。

人間社会で人間が学校を卒業し、社会人になると「大人」とう意識で考える時、小学生の世界を見ると子供だという感覚がある。

人間社会の小学校の中でも、子供たちの世界には「夜の教室は怖い」「トイレ伝説」「プールの怪談」等様々な言い伝えや、書籍があり、それを本気で信じて怖がる子供もいる。

そして本気で怪談話を信じて、友人にまことしやかに怪談を教える子供もいる。

小学生の彼らにしてみれば「本気」なのだ。

本気で信じるから真剣に話をするし、本気で信じるから真顔でその話に聞き入る。

そして見えている世界は学校の中と家の周辺だけである。

こう考えてみると、人間社会で自分は大人であると思っている「魂」も実は霊界から見ると小学生のように見えているのでは?

と思えてしまった。

人間社会で見える世界は科学で解明された世界がほとんどであり、中には霊が見える人もいるがほとんどの人は霊は見えない。

そして、体験談と推測の世界で生きている。

この考えとして様々な世界を見てみると、次元が違うと思えてくる。

明らかに人間の大人でも霊界の上級生というか先輩たちから見ると子供であり幼い存在であると考えると、筋の通らないアセンションの言い伝えも「トイレの花子さん」というレベルなのかもしれない。

そして霊界の事を知っているという霊能者も職員室の先生の会話を偶然聞いてしまったから大人の話を少し知っているだけなのでは?

という霊能者の方々には非常に失礼と思えるような事を考えてしまった。

様々な方々に失礼なのは重々承知の上で、これは仮説なのでご容赦願いたいが、仮説として我々は霊界では小学生では?と考えて全てを見直してみるのも面白いかもしれない。

何か新たな発見があるかもしれない。

人間界で転生を繰り返している状態の魂では霊界の先輩たちの考えや感覚はまだとうてい理解できず、何度も繰り返し転生し、ようやく多数の経験から先輩たちの世界に近づけるのではないか?

大きな分類として、|人間界|←→|霊界| という分類は線を引く位置が違い、|人間界&幽界|←→|上級霊界|という分類なのでは?

と考えてみると、かなりこれまで矛盾と思えてきた事が矛盾でなくなる事が多く思い当たる。

これはあくまで私個人のこれまでの経験と知識の結果、無理が少ないかな?と思える状態の「あくまで仮説」だという事をご理解いただいた上で読み進めて頂ければ幸いです。

勿論反対意見もあるでしょう。

その意見も尊重したうえで、私は今現在この線引きの位置を変更した仮説で考えてみる事にする。

人生は修行である、とか人生は楽しむ事が目的だという矛盾もこれなら解決する。

霊能者と呼ばれる方々の説明の矛盾も納得できる。

アセンションという「トイレの花子さん」も問題ない。

今このブログを書きながらこの「仮説」を思いついたので、他に矛盾と思える事が思い出せない。

これはまた時間をおいて考えてみたいと思う。




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