2012年12月19日

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モーゼの十戒という映画があるが、これは退路を開くために海の水を分けて道を作ったと描かれている。

昔から「天罰」という言葉もよく使われている。

人や自然に向ってひどい事をした人が何か災難に会うとその様子を見て人は天罰が下ったと言う。

スピリチュアルの霊能者は「神様や守護霊様はフッと息を吹きかけるように人の心に考えを飛ばす」という事を言っていた。

それを受けた人は「!」と閃きを感じる。

またあるスピリチュアルの霊能者は未来は全て決まっているという。

前回も書いたのだが、パラレルワールドの矛盾が付きまとう。

その息をフッと吹きかける行為も決められた行為なのだろうか?

こうして人々は神の意思によってコントロールされて生きているというのだろうか?

2011年の東日本大震災をきっかけに、スピリチュアルの霊能者の方々は盛んに「原発をやめることが出来るか?」と神から啓示を受けていると言う。

原発をやめなければ未来にまた災害を用意すると神様が言っていると言う。

選択?

人間の考えにフッと考えを吹き込んでコントロール可能だと言う話と、原発が発明され、発電に利用されてから何十年が経過しているのだろう?

原発という技術を開発した人は神様からのコントロール外の所で開発したのか?

例え原発が開発されていたとしても、それを発電に利用しようと日本で行動を起こした人が必ずいる。

その人も神様のコントロール外の所で勝手に動いたのだろうか?

福島の原発も予備発電機に関して災害に弱いと警告を出していた人がいたのだが、それを決断できるポディションの人ではなく権限を持たない人に「危険だ」という事を吹き込んでいたのだろうか?

東日本大震災が発生して原発事故の深刻さから世の中が「脱原発」気運が高まっている。

ここまでひどい状況になるまで放置して、神の啓示で「原発をやめることが出来るか?」と人間に問うのはどういった理由からなのだろう。

本当に人類にとって原発が不要で危険な存在であると神様が思っていて、人間の考えをコントロール可能という事等総合して考えると、人間からの視点ではつじつまが合わなすぎる。

あまり物事深く考えず、神様の啓示だという事で聞いていると「ほぉ〜」と聞こえてくるのだが、私の場合、どうしても過去に聞いた話とつじつまが合わないと自然に思えてしまうのだ。

「神の啓示」「神の力」等昔から言い伝えられてきた神話や物語、映画等様々な記録から、我々人類は「神とは」という自分なりのイメージを持っていると思う。

そのイメージはやはり成長の過程において、過去の記録から刷り込まれたものも多く存在するというより情報源はそれだけしかないのではないだろうか?

これは神様を全否定する話では無く、スピリチュアルの霊能者の方々が言われている「神様の啓示」という話に整合性が無いので、まず客観的に分析しているのである。

様々なスピリチュアルの方の言葉を私に縁があった話だけで総合すると、どうも「未来は決まっている」という話の分が悪いように思える。

今回は未来は決まっていないという前提で話を進めてみたい。

では、神様からの人間への影響力について、もう少し掘り下げてみよう。

スピリチュアルの方々は「神様は大いなる愛で包んでくれている」という。

しかし、その霊能者の方が霊視した内容に矛盾が出ると「神様があきれてそっぽを向いた」という。

神様ってあきれる?

もっと色々話はあったのだが、こう言った事の積み重ねでその霊能者の方の発言に不信感を抱き始めたのだ。

人は悪い事が重なったりすると「神も仏も無い物か!」という言葉を思い出したりする。

地球があれだけ大きく動いて大災害をもたらしたのだが、それも神の仕業だと言う。

脱原発が出来なければまた大災害を起こすとも言う。

人の考えをコントロールできると言う。

様々な霊能者に未来を予言する事も出来ると言う。

人間の幸せを祈っているとも言う。

願い事を聞いてもくれると言う。

果たしてどのような存在なのだろうか?

これだけの事が出来てなお、矛盾の様な状態を作り出し「人にもっと考えろ!」とでも言わんばかりの状態に見えるのは私だけであろうか?

よくスピリチュアルの霊能者の方は「試練だ」と言う言葉を使う。

何のための試練なのだろうか?

その目的までも自分で考えろと言う。

そしてその目的は自分が転生してくる前に自ら計画した試練だとも言う。

では、万物創生の神が作り出した世界で幸不幸の両極を用意し、そこで人は目的を忘れ自ら用意した試練に苦しめ、という事か?

何のために?

食事をして「おいしい!」と思えるためには「まずい!」という体験が必要であるという。

1:9の割合でまずい物が多いので、たまに食べることが出来る「おいしい」に感動出来るのだとか。

こう言われてしまうと、悲惨な状態を作り出し、そこで少ない「幸せ」に感動出来る心を養う。

という話もスピリチュアルの話である。

また、我欲にまっしぐらでは無く「流れに身を任せる」という事を推奨している。

流れに身を任せていながら、大地に足をしっかり踏ん張り、現実的な部分から離れない事が大事とも。

あまりスピリチュアルの考えに入り込み過ぎると不思議の国の人になってしまい世間から浮くとも。

しかし人間の行動に影響力を持ち、選択を迫り、その結果いかんによっては大災害を発生させると啓示する。

この神様の影響力は、どこまで「信じる」という言葉が適切なのか分からないが、境界線も不明瞭のままである。

神の啓示を所々つまみ食いすると、その場その場では適切にかみ合うが、全体としてかみ合わない。

神様も様々な神がいて様々な考えがあり、海の神、大地の神、空の神、等守備範囲があり人間界っぽく表現すれば派閥のような物でもあったりするのか?

人間界の世界の国の「外交戦略」と同じように「けん制」しあっていたり、中長期の計画があったりするのだろうか?

もし人間界と神界が似たような構造を持ち、戦略があって予測できない展開もあるのであれば、今現在人間界に様々な霊能者を通じてメッセージを送っている内容に矛盾があっても不思議では無い事になる。

その神々も「源」から分離した元々は一つの存在であったとするのであれば、「源」の計画を全て知っていなく、発言に矛盾があったとしても納得できる。

もう少し人間界に近い部分で考えてみると、そのメッセージを伝えている神々、に紛れてちょっと前まで人間として生きていた霊がいる可能性もあると思う。

スピリチュアルの霊能者は人は肉体の死を迎えると、その魂は約1年で成仏し、コンタクトが取れにくくなるとも言う。

そして通常8年前後で再度転生してくると言う。

人間界に未練を残している霊は成仏できず数十年でも数百年でもとどまると言う。

こういった霊とコンタクトを取り、その姿を見て会話をし、更には神々とコンタクトを取り啓示を受けて霊能者として活動をする、こういった人々を神の使いという言い方をしたりする。

が、使いは使いであって「神ではない」が、その啓示で受けた言葉をあたかも自らが神が如く高い位置から言う霊能者もいる。

こういった様々な現象とその神からの啓示を受け取る人々の現状とを現時点分かっている範囲で統合しても「目的」や「理由」が見えてこない。

こういったあやふやな状態で「神の意思」であると明言するのは少々無理があるようにも思える。

何が神の意思で、何が自然現象で、何が人災なのだろうか?

まだまだ掘り下げなければならないと思う。

こういった疑問に対する議論はもっと多数の方が同じように疑問として考えてみて頂きたい。

それは、本当に神を奉ることが必要なのだと思えるための根拠が欲しいという裏返しでもある。

これに対して、あまり深く考えず「感じたままに」盲信するのは、間違えた教えが出る温床ともなるし、間違えた教えを盲信する人も出てくる事を防ぐ意味もあるだろう。

あやふやでいいのだ、間違えた教えで道を間違える人生もそれでいいのだ、という最近のスピリチュアルの話にどうしても納得できないのだ。

異教徒を全滅させるとか、魔女狩りだとか、大義名分を持つと人は非常に残忍にもなりうるので、そのきっかけを作り出したくない。

そのような思いもありこのブログを書いている、ゆえに神に対する無礼な文章もあるかと思うが、そこはご容赦願いたい。


本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

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