2012年12月07日
悟りの境地、これまで私の持っていたイメージは僧侶等修行僧であった。
今では一般人が手軽に悟りの境地へ。。。
実際私も最初は非常に興味を持ったことは事実である。
そこはどのような感覚なのだろう?
色々言われている「悩みや苦しみが無い」無の世界など。
人によりそこへのアプローチの理由は様々だろう。
苦しみから逃れたい、何か新しい事が待っているかも?、純粋に悟りって?ほか。。。
前回も書いたのだが、人間の脳はまだ解明されていない不思議な能力というか、機能を持っている。
覚醒状態の意思の機能を低下させていくと、もう一つの意思が動き出す。
これを潜在意識と言ったり、下意識だったりと無意識に動くもう一つの司令塔があるようだ。
よく言われる、車の運転も最初は意識が一つ一つ考えながらアクセル、ハンドル、ミラー、確認等行っていくが、慣れてくるとこれら一連の動作は流れるように自然に行えるようになる。
その時、意識はもう一つ一つの動作の事を意識していない。
助手席の人と会話したり、音楽を楽しんだりと他の事と同時に運転を行える。
意識とは違うもう一つの潜在意識が運転などの複雑な複雑な動きを担当し、意識は他の事を考えることが出来る。
悟りの話になると必ず出てくるこの潜在意識。
意識への意識を消していく。
潜在意識だけの状態に持っていく、意識は何も考えず見ているだけ。
すると普段意識していた自分とは違う感覚の潜在意識の言葉や映像、音楽、アイディア等が出てきたりもする。
何よりこの状態に突入していったときには、なんとなく「幸せ」な感覚になる。
意識で悩んでいた事柄等がどうでもよくなると言うのか、気にならなくなってくる。
まいど、私のテーマであるこのもう一つの意識、潜在意識とは何者?
この潜在意識は人間の体の全ての機能をコントロールし生命を維持している。
様々な生体機能、免疫機能、傷の修復、成長、危機回避、運動等数千もある筋肉線維一つ一つに指令を出して見事な統率力でこの肉体を維持しながら活動させていく。
難しい話で量子理論等を使用して、様々な現象を説明する方もおられるが、量子理論では説明できないとする科学者もいる。
完全なる神の意思にてこの世は成り立っているという方もおられるが、ある一定の法則によって動いていて、法則にしたがった結果が積み重なると「傾向」という事例が見えてくる。
これが「何か意思が働いているように見える」という見方もできるのではないか?
最近ではこの悟りの境地に近づくにつれて「矛盾」が膨らんでくるという言い方もある。
今の人間の感覚では説明できない「矛盾」も悟りの境地へ近づくと見えてくるとは、矛盾の解明どころか逆に矛盾があったほうが悟りへ近づいているので、気にしてはいけないとう言い逃れのようにも聞こえてきてしまう。
こんなことを書きながら、自分は何と理屈っぽいのだろうと思ってしまうが、まあこれが持ち味としてブログを書いているのだから、いいとしよう。
説明できなスピリチュアルの世界を突き詰めていくと、ある時点で科学者とバッタリ出会うという。
科学者も現在解明でき無い事柄の方が多いのだという。
科学者も研究すればするほど最後には「神」に行きついていしまうと言うのだ。
そんな状況がネットの発達により知識の共有速度が上昇し「やっぱり行きつく先は神なのか!」という「傾向」が見えてくる。
最先端を走っている人より後ろからついてくる人たちは、
先頭のすごい人たちが「やっぱり神かも」と言っている会話が、
「神らしい」から「神だって」、
「神だよ」、
「間違いなく神だよ」
というもはや伝言ゲーム状態になっているのでは無いか?
そうも思えてしまう。
今現在の脳科学では人間の脳の特性として
「生きたい」「知りたい」「仲間になりたい」
という3つの事柄を主軸に動いていると言われている。
この事に反する意思は、本人の無意識に却下される。
しかし、脳は暗示にもかかりやすく、何度も潜在意識に同じことを聞かせると、潜在意識は最初抵抗していても徐々に受け入れて行ってしまうという特性もある。
「仲間になりたい」という特性は非常に広範囲に影響を及ぼす。
この様な特性は誰かが教育したわけでなく、潜在意識の知能指数は3歳児程度とも言われている。
スポーツの世界でもこの潜在意識へのアプローチも当然のように行われている。
もはや根性論では引き出せる能力は世界で戦えない事を経験値から知っているようだ。
この不思議な潜在意識、3歳程度の知能指数だが、人体の生命維持や運動他様々な事を同時に、しかも素晴らしい能力を発揮するのは今や当然の事として知られている。
そんな3歳児程度の知能指数が、神とも思えるような言葉にて自分の意思と会話するのか?
実際の3歳の子供も時に素晴らしい能力を発揮して話題になることもあるので侮れない。
このブログのテーマは、この潜在意識が語りかけてくる言葉の数々はどこから来るのか?
神界の構造はまた他の機会にするとして、人間の脳、潜在意識の能力はどこから来るのか?
「魂」が存在し、この魂の意識が潜在意識として人間に宿っている、こう考えるのが今のスピリチュアルである。
話のつじつまは合ってしまうように見える。
ここでは、つじつまが合ったという事で収めてみることにする。
すると、では?
という次の疑問が次々湧いてくる。
今回のテーマである「なぜ悟りが必要なのか?」から随分脱線してしまった。
また続きを次回考えてみたい。
非常に広範囲な世界について考えているので、脈絡がなく見えたり、不足があるように見えると思うが文字として文章を連ねていくと、順番にしか書けないので文章としての特性として大目に見て頂きたい。
次々湧いてきた疑問はまた次回に掘り下げてみたい。
本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!
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