2012年11月27日

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人間としての意思、魂の意思、スピリチュアルの世界ではこの2つが意思として語られている。

どちらが「メイン」でどちらが「サブ」なのか?

魂を「メイン」として考えてみよう。

今現在の人間としての意思や思い、経験から「目的」という事を我々は知っている。

魂にも目的はあるのだろうか?

スピリチュアルの本などでは「魂の向上」「魂を磨くため」「大元に帰る為」等色々言われている。

はたしてこの魂としての目的が本当にあるのだろうか?

そして、その目的を達成するために人間社会という不自由な世界へ転生してきて、様々な困難と遭遇し、魂を磨くのだろうか?

この目的は総じて「向上心」という感覚でとらえることが出来ると思う。

向上心があるから、その為に困難に立ち向かう?

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どこかに目指すゴールがあるのか?

人間に生まれてくるときには魂としての記憶は封印されるといわれている。

それは、目的を忘れて人間に転生してくるという事になる。

目的を忘れて、目標を達成できるのか?

それとも、なんとなく湧き出てくる心の底からの気持ちで動くことが重要なのか?


向上心という目的は人間社会の感覚としては受け入れやすいものであり、崇高と捉えられやすい。


これとは全く違うとらえ方をしたスピリチュアルの世界がある。

それは、元々魂は1つでそこから分離した魂が様々な事を実体験として経験する事が目的という。


すなわち、向上心という考え方とはまるで別で、人間社会で分かりやすい「善」と「悪」という対象でバランスをとる。

上という認識は下という認識があって初めて存在できる。

これは全てにおいて当てはまる。

いい人がいればその分悪い人がいる。

戦争という悲惨な事が起こるから人は平和を望む。

困った人がそこにいるから、手を差し伸べて助ける人となる。

病気や事故等で死んでしまう人がいるから、健康に気を付け安全に気を遣う。

はたまた、ブス子ちゃんがいるから美人がもてはやされる。

貧乏人がいるから金持ちが金持ちとしてふるまえる。

切がないほどいくらでも出てくる。

元々の1つの存在は、1つであるがゆえにこの相反する事を知りえない。

その為に、相反する世界を作り出して、人間という肉体に乗って、その善悪、表裏を経験する事が目的だと。


これも納得してしまう所が大きい。

この相反する事を大元が経験する為だとしたら、人を殺すような悪人も存在理由のある役者の一人だという事になってしまう。


様々な事を経験する為、だとしたら、この人間社会で繰り広げられている事は映画やお芝居と同じレベルという感覚かもしれない。

すると、この世界で役割をもって生まれてきている人たちは、元々の記憶を消して「役に徹する」事で現実味を帯びたというか、現実の人間社会が繰り広げられているというとらえ方もできる。

例えば、役者はストーリーを全て知っていてその役を最後まで演じきる。

途中で殺される役も真剣に苦しむ演技などで見ている観客に衝撃や感動を与える。


魂が生まれてくる前にこの役どころを割り当てられ、もしくは志願したり、仲のいい魂同士で役を分担して生まれてくる。

全て覚えていては、演じきることが出来ず「猿芝居」になり「大根役者」になってしまうかもしれない。

やはり登場人物の役者たちが真剣に役を演じきるから、芝居が緊迫感を帯び感動を生み出しリアリティのある舞台となる。


こう考えると、この仕組みを知ってしまうと恋人が突然死んでしまったりしても魂のレベルで演技だと理解しては心の底から悲しむことは出来ない。

猿芝居になってしまう。

だから転生する時に記憶を消して役になりきる事が重要なのか?


向上心という事をテーマとすると、このお芝居から経験するという事に整合性が取れなくなってしまう。


誰もが向上心なら、悪役は好まないと思える。

しかし、ここにもちゃんと「言い訳?」が用意されていて、向上心を持ち、何度も転生して次のレベルまで向上している人がこの悪役を演じてくれているといわれてしまう。

こうして、世界中でスピリチュアルが語られていくに従い、つじつまの合わない処、矛盾に思える部分に補足が入り続け、完全無欠なスピリチュアルの世界が出来上がってきたように思えて仕方がない。


では、私はこの世界を信用していないのか?というと、そうでもない。

しかし、あまりにも矛盾点に対して都合のよい補足が揃いすぎていて人間の意思によって作り上げられた世界なのか、本当に人間の理解を超えているだけで知りえない世界があるのか分からない。

だから、私としては「スピリチュアルの世界はある」と信じたい。

その為に、自分の思いを整理するためにもこのブログを書き始めた。


人によっては、このブログは守護霊に促されて書いているのだという人もいる。

声が聞こえて、会話しながら書いている人もいる。

私の場合は、声は聞こえない。

単純に興味のある世界を探求したいという処がスタートである。


この生まれる前の計画については、まだまだ奥深い世界なので、もっと追求してみたいテーマである。




本日も最後までお付き合いいただき、ありがとう!

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(02:05)

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