2012年12月03日

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宗教団体に属していない一般人も、普通に「瞑想」を行うようになってきた感じがする。

iPhoneのアプリにも瞑想の為のアプリが用意されていて、心を鎮める音とメトロノームの様なリズム、画面にはお線香と立ち上る煙が表現されている。

精神統一。

興味の対象が外的なものから自分自身の内側に変化してきている。

10年位前まではアメリカのハーバード大学でMBAの資格を取得する為に年間900万円もの費用をかけて勉強した人たち、当時の主流は「金融」、しかしリーマンショック以降もうこの金融講座は人気が無く廃れているという。

今はITベンチャーを立ち上げ、Facebookのような企業を作り上げ、莫大に得たお金を社会に還元するという起業のコースが主流なのだとか。

この社会に還元するという思想が企業家達の最高のステータスという事らしい。

こういった社会のリーダーと呼べる人たちは何を見て人生を生きているのだろうか?

逆に、学生の頃から平凡で平均点でこれといったこだわりのない生き方で、何気なく学校を卒業して新卒採用という波にもまれながら生きているといういわゆる普通の人と言えるのかな?

どれがいいとか、上だとか、ここでも言っている普通だとか、そんなカテゴリーに分けている時点で自分でも???が沢山出てきた。

様々な人が集まって人間社会が成り立っている。

だれも不要な人などいない。

これがスピリチュアル的な考え方というのが主流だと思う。

こういった思想に今の時代は普通に到達してきているように思える。

今だ白人だの黒人だのと人種差別している人も、人種差別は受け入れたくないという考えを生み出すために必要な為というより、差別という事を生み出した為に差別は良くないという概念が生まれたと思う。

これも一つの思想の進化なのだろうか?

こうしてあらゆる場面から思想が進化して、その結果スピリチュアルという分野も発展してきたように思う。

戦国時代、主君の為に自分が切腹をする。

名誉や意地の為に切腹する。

社会の秩序を成り立たせるために家臣を切腹させる。

平成の今の社会では到底受け入れられない考えだろう。

今の社会は命を何より最優先させるという価値観に大きく変化した。

スピリチュアルの専門家とでも言おうか、この世界で糧を得ている人の発言で、浮気は全然問題ない。

したければどんどん行ってもよい。

こんな発言をされている方もいる。

一般社会では大問題であろう。

それが、スピリチュアルの集まりとなりその中で発せられる言葉なら「ほぉ〜〜」と言って受け入れられていく。

その発言をしている人は「神からメッセージを受け取っている」との事。

しかし、よくよく見ているとメッセージを受け取っているメッセンジャーなのにあたかも「神のごとく」ふるまっている。

あなたは神ですか?と問いかけたくなってしまう(笑

なんか勘違いしているのだろうか?

しかし、私から見て勘違いに思える発言をする人の周りに人が集まっている光景というのも不思議に見えてしまう。

これは神のごとくふるまう人を馬鹿にしているわけでもなく、不思議な光景として客観的にみているのである。


もう10年ほど前だと思うが、山間部の森の中に集団で瞑想をするだけの集まりがあるという事で行ってみたことがある。

一緒に瞑想してきた。

その会を主催していた人と話をすると、ある朝鏡を見ると自分がずれているという。

肉体から半分幽体がはみ出して横にずれているという。

で、それがどうしたというのだろう?

その人は確か、2000年を迎えるころ地球がやばい事になっていると言っていた。

ん〜〜〜何かあったかな?


ちょっと穿った見方をすれば、形を変えた宗教団体と紙一重にも思える集団は数多いように思える。

私は宗教団体について否定も肯定もしない。

各個人が納得しているのであればそれでいいと思う。


ある日突然メッセージを受け取るようになったという人はインターネットの普及も助けて、非常に多くなったように思える。

同じような事例をインターネットで数多く見ているうちに、自分の体験したと思える事が実はメッセージを受け取っていたと確信する人も多いのではないだろうか?

101匹目の猿と同じ現象が広がっているという見方もできる。

そんなインターネットの普及に後押しされて、自分の体験はスピリチュアル的な事なんだ!と思う人がブログを書き、それを読んだ人が・・・という連鎖は確実に起きている。

スピリチュアル的に見ると、現象として起きている事に何の意味もない。

しかしそこへ人間が意味づけを行う。

この事件は実はこの為にあったのだ!

とか。。。

そんな全体的な流れが今ブームとなって広がりを見せているのではないだろうか?

そして、そこへ「アセンション」という期日を設けて、皆の意識をそこへ向かわせる意思が働いている。


これは非常に重要なのだが、インターネットの影響でブームが起きてきたのか、インターネットを利用して人々の意識改善を行ってきた見えない意思の働きかけか?

どちらとも取れるであろう。

私はスピリチュアル的な見方として、インターネットを利用して意識を向上させるのが目的であると思いたい。

なぜそう思えるのか?

今の混乱した社会を見ていると、そうであって欲しいという願望が底辺にあるようにも思える。

何処かに救いを求めているのではないだろうか?


そして救いの主はイエスである、という街頭演説が聞こえてくる。

そう単純に結びつけないでもらいたい(笑


今だけのブームなのか?

これから人間の意識が向上して、新しい感覚の社会に変化(進化と言いたい)していくのだろうか?


今、確実に思えることは「アセンション」というキーワードは2012年の12月から始まって数十年変化し続けるという事のようだ。

どれだけ探しても、瞑想しても真実は真実として理解出来ないのではないか?

と弱気になってしまったりもする。

社会に問題があるから、その解決方法を考え、探し、対策を立てていくという仕事が人を生かすという考え方もできる。

とにかく今は「アセンション」が始まったと言われている月である。

目に見える変化、もしくは見えない変化があるのか注意深く感じていきたい。



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