2017年11月14日

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ループ

スピリチュアルの世界や宗教の世界、輪廻転生を繰り返し「魂の成長」をと広く昔から言われているのだが、どうもしっくりこない。

成長ってどういう状態の事を言うのだろうか?

人間という肉体が生まれ、成長する。
サイズが大きくなる。

動物でも植物でもみな成長する。

そしてどういう訳か、成長がある程度になると死んでしまう。

そういった動きを見せる全てを「生命」と呼んでいる。

そして「魂の成長」。

どういう状態の事を言うのだろう?

人間で言うと「心の成長」という概念が近いのだろうか。

子供の発想から、更に色々な知識と経験を積んで大人になる。

幸せも不幸も理不尽も暴力も経験し、丸くなる?

懐が深く、寛容で平和的な心を会得する?

そして人間なら死んでいくが、魂はそのまま残ると言う。

しかし輪廻転生でもう一度人間に生まれて来た時、以前の記憶は封印され思い出せない。

でも成長した魂の持ち主が宿る人間は、懐が深く寛容で優しい??

そんな転生を何度か繰り返して、ある到達点に来ると転生のループから外れ、更に上の世界へ行くとかなんとか。

生まれたばかりの魂は、何の経験も無いから人間に宿ると肉体の本能に主導権を握られ、本能のままに行動してしまうため、社会というルールを無視しやりたい放題?

人間の心の成長と似たようなイメージで魂も経験を積み、角が取れ、丸くなって行く?

転生を繰り返してループを外れた魂は、皆丸くなっていると考えると次は集合意識?へ吸収されて行くのか、合体という表現が適切なのか不明だが、皆一様に経験を積み、角が取れ、丸くなった「似たような感じの魂」が沢山集まるという事か。

同じような丸い魂を作り出すために、人間界で試練をくぐり抜けて来る?

どこから魂は生まれ続けるのか。

もしかしたら。。。

宇宙の成り立ちなどはまだ解明されていないが、分かっている範囲では「チリ」が集まり「惑星」が出来て寿命が尽きると「天体爆発」して「チリ」になる、をループしている。

魂ももしかしたら、丸くなった魂の集合体もどこかで爆発か何かで霧散して、それが新たな魂の原料になっているとは考えられないだろうか?

魂のループももしかしたらこうした大自然の摂理の中でループしているだけでは?

大きな魂のループのリングのごく一部だけを拡大してみると、そこでは地球という惑星で輪廻転生しているだけではないか?

そんな人間の意識だけでは計り知れない壮大な大自然の流れに「義務」など存在しない。

大きな魂のリングの流れでは川の流れと似ていて、地球の火山活動で盛り上がった大地へ水が湧き出し、そこにゴツゴツとした石ころが転がっている。

その石ころは長い時間をかけて川の水に流され、下流に流れつく頃には角が取れ、丸くなっている。

そして海の底へ沈んでいき、大地のプレートに巻き込まれマントルに溶かされて行く。

そしてまたゴツゴツとした石ころになり、、、魂のループだ。

そこに「義務」など存在しない。

小学生の子供たちが数名集まり遊んでいる姿を見ていると、何やら独自のルールを決めてその枠内で遊び始める。

「この線から出たら反則ね!」「相手の陣地へボールを入れたら1点!」「3点先に取ったほうが勝ちね!」

自分達で決めたルールでゲームを行い、楽しんでいる。

それを中学生が見ると、つまらなく思えてしまう。

中学生で軟式野球をやっている様子を、高校球児が見てもつまらない。

人間の成長と共に、価値観が変化し、より高度な、より複雑な、またはより刺激的と欲求が高まって行く。

社会人になると、今度は法律という社会のルールに縛られるのか、制限されるのか不明だがその枠内で様々な考え方で生きて行く事になる。

そのルールの枠内に自ら収まり、その枠内で行動している所へ、ジャイアンが乱入して来て、枠(法律)を無視した行動をすると混乱、衝突が起こる。

反則攻撃だ。

ネットの普及で、個人の正義感という軸が暴走し、悪者は徹底的に攻撃する風潮が蔓延している。

議員とか有名人が路上でチューしていた?

どうでもいいのでは?

私は、どうぞご自由に、といった感じだw

魂の大きなリングという視点まで自分自身の視点を引いて見ていたら、その途中での細かい事などどうでも良くなる。

そこに「義務」など無い。

魂の大きなリングの途中のに人間の意識のような状態があり、それもまた丸くなり集合し霧散、そして繰り返す。

魂の成長という概念に意味は見出せない。

こんな事ばかり考えているので、人間界のルールとか義務だとか「〜すべき」だとか、何も自分の心に引っかからなくなってしまった。

でも、まだ人間という肉体の中に自分という意識はいる、と認識している。

だからお腹が減れば、何か食べたいという欲も出て来てしまうのだ。

こう書くと、私が一般的な人間の意識を超越しているという自慢では?、と勘違いされるかもしれないが、そこは違うのだ。

単純に冷めた人なだけかもしれない、という可能性もある。

誰も正解はわからないだろう。

ここまで思考が遥か彼方まで飛んでいると、周囲の人と会話が噛み合わない。

というかつまらないのだ。

似たような感覚を持つ人がいれば、心ゆくまで意思疎通をしてみたい。

人間という枠内に収まっているこの意識とはどう解釈すればいいのだろう。




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