2018年01月03日

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地獄絵図
悪人はは死後に閻魔様の指示で地獄へ行くと。。。
霊界は一体何をしたいのかと。。。

もし人間に生まれる前に魂のレベルで地獄絵図のような拷問を受けたとしたら?

生まれる前の事を全く覚えていないが、拷問された事を魂が覚えているかも。

人間でも子供の頃いじめられたり虐待されると、成人してから忘れている事が多いが、自分が子供を持つと子供を虐待してしまう傾向にあると言われている。

だから子供を虐待してはいけないと。

魂のレベルで拷問を受け、死んでもすぐその世界で生き返り死ぬ思いの拷問を受け続けた魂。

こんなのが人間に生まれて来たら一体どんな人間になるのか?

しかも生まれる前の地獄絵図の中にいた事は忘れている。

人間に生まれて来て、どれだけ豊かな家庭で愛に包まれていても湧き上がる憎悪、ぶつけようの無い怒りがふつふつと湧き上がって来たりしないのか。

その湧き上がる衝動で人間界で更なる凶悪犯罪に走らないだろうか?

そして悪人となり人間として死んだら閻魔様に地獄行きを命じられたり。。。

無限ループで一つの魂が凶悪化していくのではないだろうか。

人間社会を見ても極端から極端へ振れる事象はとても多い。

株や為替等の変化もそうやって波打っている。

人生勝ち組とか言われて財を持つと、更に有利になり雪だるま式に財が増える。

しかし財を持てず勝負に負けた人はとことん落ちていったりもする。

その墜落を恐れ、勝ち組の奴隷(サラリーマン)となり細々と生き延びる道を選んだり。

昔から言われている「地獄へ落ちる」という意味合いは、生きている人間を悪事に走らせない為の戒めとしてなまはげのように利用されて来たのかもしれない。

この地獄絵図の話も、よく見ているサイトに掲載されていた。

しかも前回「霊界がなんだか必死」というサイトを描いた翌日だw

霊界が必死に私に霊界の威厳を示そうと・・・www

その考えは、霊界になんらかの意思があるという前提なのだが、そうで無い場合もあろう。

単なる引き寄せとして考えることもできる。

なんども過去に経験して来た事でもあるのだが、とても強くその事を考えると、偶然見たテレビに同じ事が紹介されていたり、ネットを見ても似たような記事が飛び込んで来たり。

この偶然、たまたまと思えるタイミングでシンクロニシティが起こる事は本当に多いのだ。

だから、なんとなく霊界の意思が働いたように思える事象も実は自分の波動のような何かと同期するように引き寄せられて来たと考えてみると、身の回りで起こる事象はかなりの事が自分自身で引き寄せて来たと考える事もできてしまう。

幼い頃から幽体離脱をしたり、離脱した先の様子を見たりと疑り深く見て来た人のサイトに書かれていた事を少し引用してみよう。

人間の体には肉体+エーテル体+魂 のような多重構造があるという。

肉体を離脱してエーテル体の状態で、エーテル体が多数居る所へ行くと、自分自身がイメージした人がエーテル体として存在していたりすると言うのだ。

外見だけでは判別しにくいが、会話をしてみると まんま自分なのでがっかりするそうだ。

浮遊霊とか地縛霊とか幽霊と言われて居る存在は、エーテル体だと言う事で、他の人が作り出したエーテル体も多数あり、つまり霊は人間の意識が作り出しているとみる事ができる。

昔の人が豊作を祝い、川へ石を積み収穫物を置いて川の水に感謝した。

そしてそこを掃除したり整備したり、そのうち雨がかからないように屋根を設置したり。

霊感があるというエーテル体を見る事ができる人が、昔の人が感謝して作り出した神のようなエーテル体を見て「神が〜」と祭り上げ、石を積んだだけの場所が後に水神様となり立派な神社が出来上がったり。

人々が祈りを捧げ(イメージでエーテル体を構成)八百万の神々が登場したのだろう。

悪人を懲らしめるために死んだら地獄行きだとか、閻魔様がいてとイメージしエーテル体を作り上げ、地獄の世界があると怖がりながらイメージし続けたことにより地獄のエーテル体の世界がそこに出来上がる。

まだ人類が科学としてエーテル体と呼ばれる成分を発見できていないからスピリチュアルの領域に収まっているだけなのかもしれない。

仮にこの世界が全て仮想現実の世界だとしても、その中で自分という意思を持ち、自分を認識している状態では、仮想現実でも実体のある現実と考えてもどちらも同じことであろう。

怖がれば怖い現実に遭遇するのだが、豊かで素敵な世界をイメージし続けてもそうならない不思議。

悪貨良貨を駆逐する という言葉が昔から言われて居るようになぜか「悪」と識別されることの方が勢力が強いのはどういった理由からなのだろうか。

根元には「悪」という状況は「怒り」「憎悪」等の激しい感情の状態が多い。

反対に「善」と識別される状況は「優しさ」であり「穏やか」であろう。

燃え盛る激しいエネルギーは全てを焼き尽くすが、その後燃えるエネルギーが消失するとそこには燃え残った炭をエネルギーに穏やかな世界が広がって行く。

そんな極端から極端へ振れる脈動の繰り返しを自然現象とし人間社会もそのうねりに同期しているのかもしれない。

そして大きな社会の中に小さな憎悪の炎が燃え上がるが消化され、と小さい現象も大きな現象と同じ形式で延々と続いて行くのでは無いだろうか。

ここまで自分で書いて、なんと夢のない話だろうと思った。

神様がいて助けてくれて、感謝する事ができてお供え物をして。

縁結びの神様が、商売繁盛の神様が、守護霊がご先祖が・・・

人は何かにすがりたいという願望を持っているのだろう。

前世の記憶を持つ人や霊界の記憶を持って生まれて来たという人の「記憶」、それも霊界の威厳を示す為の手段かもしれない。

しかし全ては人間の作り出した幻想だったとは。。。




ちょっと気分を変えて、もう少し気楽にブログを書いてみます。
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